親の前では遺留分の侵害を納得したが、いざ相続となると親のおもしで抑えられていた不満が噴出し、きょうだい間の争いに発展した、というのはよくある話しです。
遺留分は法律が保証している最低限の取り分であり、相続人には遺留分相当の財産は相続させるのが原則です。遺留分の侵害は客観的にやむを得ないと思われる事情がある場合のみとすべきです。
やむを得ない事情があり、遺留分を侵害せざるを得ないとしても、相続人間に争いが起こらないよう、配慮が必要です。
➀ 遺言で遺留分侵害額請求先(遺留分侵害額負担者)の順序を指定することができます。
② 付言事項で、遺留分侵害額請求をしないよう求め、遺留分権利者が納得できる理由を記載しましょう。
③ 「配偶者居住権」で相続させることにより、遺留分を侵害する遺言内容であっても、法的に遺留分の問題を解決できる可能性があります 。
行政書士は街の身近な法律家
埼玉県行政書士会所属
行政書士渡辺事務所
行政書士・渡邉文雄
1. 遺留分、遺留分侵害額請求権
亡くなった人が遺贈や生前贈与等を多くあげすぎたため、ある相続人が遺産から受ける利益の価額が遺留分額を下まわる場合、すなわち、遺留分を侵害されたときは、遺留分侵害額に相当する金銭の支払を請求することができます。
遺留分は法律が保証している最低限の取り分であり、相続人には遺留分相当の財産は相続させるのが原則です。遺留分の侵害は客観的にやむを得ないと思われる事情がある場合に限定すべきと考えます。
民法改正(2018.7.13公布)により、遺留分減殺請求権から遺留分侵害額請求権に変更されました。改正前は、遺留分減殺請求は、遺留分侵害の現物でしか返還を求めることができず、不動産の場合、共有にするしかありませんでしたが、改正により、現物ではなく金銭で支払うこととなりました。事業承継の場合の自社株については、現物ではなく金銭で支払うこととなります。
(2019(令和元)年7月1日以降に開始した相続について適用されます。)
2. 遺留分を試算する
遺留分侵害額=[遺留分算定の基礎となる財産* − 相続債務] × 遺留分割合(※1) × 遺留分権利者の法定相続分(※2) − 遺留分権利者が実際に受け取った相続財産 − 同じく特別受益(※3)+同人が負担すべき相続債務
*遺留分算定の基礎となる財産=相続開始時における相続財産+相続人が受けた生前贈与(相続開始前10年以内)+相続人以外の第三者が受けた生前贈与((相続開始前1年以内)
※1 遺留分割合(遺留分侵害額請求することができる割合)
相続財産に対する遺留分の割合は、
① 「直系尊属(両親等)だけが相続人」の場合 法定相続分の3分の1
② それ以外 法定相続分の2分の1
※2 法定相続分
① 配偶者2分の1、子 2分の1
② 子がいない場合 配偶者3分の2 直系尊属3分の1
③ 子も直系尊属もいない場合 配偶者4分の3 兄弟姉妹4分の1
※3 特別受益となる生前贈与
① 結婚や養子縁組のために出してもらった持参金・支度金、嫁入り道具、新居、高額の結納、高額の新婚旅行費等(結婚式・披露宴の費用は除く)
② 生計の資本としてなされた贈与(単に生活の援助を受けた場合は除く)
(ⅰ) 独立開業資金
(ⅱ) 住宅の新築資金や土地の贈与
(ⅲ) 特定の子どもだけに対する留学費や多大な高等教育の学費(例:一人だけ医学部に進学した)
(Ⅳ) 農業者における農地の贈与
(ⅴ) 借金の肩代わり
「特別受益」に該当する生前贈与を遺留分算定の基礎となる財産に算入することについては、2018民法改正前は、遡及期間は無制限だったが、改正より、被相続人の死亡前10年間に贈与されたものに限定された。(死亡10年前の日より過去に贈与されたものは算入しない。)
3. やむを得ない事情により遺留分を侵害する遺言を書くとき
(1) 遺留分侵害もやむを得ない事情
例えば、主な財産が住んでいる自宅の建物・土地だけの場合、夫が亡くなった後も妻がそこに住み続けさせるため、妻以外の相続人の取り分を遺留分割合以下にしなければならない場合も考えられます。こうした事情があるときは、遺留分を侵害することもやむを得ません。
(2) 「配偶者居住権」で相続させる
「配偶者居住権」を相続させることにより、遺留分を侵害する遺言内容であっても、法的に遺留分の問題を解決できる可能性があります。
□ 詳しくは、》》配偶者居住権 をご覧ください。
(3)遺留分侵害額請求先(遺留分侵害額負担者)の順序の指定
民法では、受遺者・受贈者が複数いるときは、その目的の価額の割合に応じて負担することを基本としていますが、 遺言で遺留分侵害額請求先(遺留分侵害額負担者)の順序を指定することができます(遺留分侵害額請求をされた場合は、どの遺留分侵害額負担義務者が支払うかを指示する)。
民法1047条(受遺者又は受贈者の負担額)
1.受遺者又は受贈者は,次の各号の定めるところに従い,遺贈(特定財産承継遺言による財産の承継又は相続分の指定による遺産の取得を含む。以下この章において同じ。)又は贈与(遺留分を算定するための財産の価額に算入されるものに限る。以下この章において同じ。)の目的の価額(受遺者又は受贈者が相続人である場合にあっては,当該価額から第千四十二条の規定による遺留分として当該相続人が受けるべき額を控除した額)を限度として,遺留分侵害額を負担する。
一 受遺者と受贈者とがあるときは,受遺者が先に負担する。
二 受遺者が複数あるとき,又は受贈者が複数ある場合においてその贈与が同時にされたものであるときは,受遺者又は受贈者がその目的の価額の割合に応じて負担する。ただし,遺言者がその遺言に別段の意思を表示したときは,その意思に従う。
三 受贈者が複数あるとき(前号に規定する場合を除く。)は,後の贈与に係る受贈者から順次前の贈与に係る受贈者が負担する。
2.第九百四条,第千四十三条第二項及び第千四十五条の規定は,前項に規定する遺贈又は贈与の目的の価額について準用する。
(4)付言事項を書く
遺留分を侵害せざるを得ないとしても、相続人間に争いが起きないよう、付言事項に「遺留分請求をしないでほしい」又は「遺留分請求を放棄するように」等と書くなどの配慮が必要です。(併せて、その理由も説明しておく)
理由が分かれば、遺留分を侵害された相続人も納得して遺言を受け入れてくれることが期待できます。
4. 遺留分を侵害する遺言の効力
相続法改正によって、遺留分減殺請求は遺留分侵害額請求と改められ、金銭請求のみとなりました。遺留分減殺(現物返還)は認められなくなりました。
これに伴い、従前認められていた、遺留分を侵害された相続人からの、遺留分減殺を登記原因とする所有権の移転登記の申請は、受理されないこととなりました。
遺留分を侵害する遺言も、特定の不動産を相続させる旨の遺言がある場合は、相続する者と指定された相続人は、所有権の移転登記(相続登記)の申請をすることができます。
遺留分を侵害する遺言といえども、侵害された相続人が遺留分侵害額請求権を行使することができるということだけで、遺言が無効になるわけではありません。法定の期間内(*)に遺留分侵害額請求の意思表示をしなければ、遺留分を侵害する遺言も、遺言書に記載した通りの効力を有します。
*遺留分侵害額請求権は、短期消滅時効(1年)です。被相続人の死亡と遺言の内容(遺留分侵害額請求すべき贈与又は遺贈があったこと)の両方を知ってから1年以内に、遺留分を侵害する相続人等に対し、請求しなければなりません。
※ 民法改正により、遺留分減殺請求権は遺留分侵害額請求権に変更されました。
民法改正(30.7.13公布)
□ 遺留分減殺請求は、改正前は、遺留分侵害の現物でしか返還を求めることができませんでした。また、遺留分減殺請求によって遺贈が無効となり、共有関係が当然に生ずることとされていたことから、不動産の場合は共有にするしかなく、これらに伴って事業継承に支障が生じることがありました。
こうした問題を解消するため、遺留分請求によって生ずる権利は金銭債権に変更され、現物ではなく金銭で支払うこととされました(事業承継の場合の自社株について現物ではなく金銭で支払うことができるようになった)。また、金銭をすぐに準備できないときは裁判所に支払いの猶予を求めることができるようになりました。 ※2019年(令和元年)7月1日施行。2019年(令和元年)7月1日以降に開始した相続について適用されます。
□ (遺留分侵害額請求権の時効) 現行法と同じです(知った時から1年間、相続開始の時から10年です)。なお、この請求権を行使することにより生じた金銭債権の消滅時効については、民法の一般の債権と同じです。(債権法改正により2020年(令和2年)4月1日からは5年または10年になりました。)
民法1046条
1 遺留分権利者及びその承継人は、受遺者(特定財産承継遺言により財産を承継し又は相続分の指定を受けた相続人を含む。以下この章において同じ。)又は受贈者に対し、遺留分侵害額に相当する金銭の支払を請求することができる。
2 遺留分侵害額は、第1042条の規定による遺留分から第一号及び第二号に掲げる額を控除し、これに第三号に掲げる額を加算して算定する。
一 遺留分権利者が受けた遺贈又は第903条第一項に規定する贈与の価額
二 第900条から第902条まで、第903条及び第904条の規定により算定した相続分に応じて遺留分権利者が取得すべき遺産の価額
三 被相続人が相続開始の時において有した債務のうち、第899条の規定により遺留分権利者が承継する債務(次条第三項において「遺留分権利者承継債務」という。)の額
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