配偶者居住権について。

□ 配偶者居住権制度とは、自宅の建物を、「土地・建物の負担付所有権」と、「配偶者が亡くなるまでその建物に住む権利(配偶者居住権:法定債権)に分けて承継させる制度です。

 配偶者居住権は任意の期間を定めることもできます。 

□ 自宅を「配偶者居住権」で取得させることによって、配偶者に預貯金を多く相続させることができる可能性があります。

□ 配偶者居住権で遺贈することにより、遺留分を侵害する遺言内容であっても、法的に遺留分の問題を解決できる可能性があります。 

□ 自宅を配偶者以外と共有している場合は、配偶者居住権の設定はできません。

□ 配偶者居住権は配偶者に一身専属的な権利であり、売却できません。自宅に住まなくなったときは放棄することになります。

□ 配偶者居住権と所有権、選択の分岐点  配偶者居住権の評価額は妻の年齢が若いほど高くなり、所有権の評価額に近づきます。したがって、妻が若いほど配偶者居住権で取得させるメリットは少なくなります。 

□ 配偶者居住権は売却することはできません。したがって、妻が若い場合は、売却して転居したり、老人ホーム等に入居したりできる所有権での相続が有利と言えます。

注意事 項 民法改正(30.7.13公布)により、遺贈等によって配偶者に「配偶者居住権」を取得させることができるようになりました。(改正法は令和2年4月1日以降に開始した相続に適用されます。遺言による遺贈は遺言書作成日付が令和2年4月1日以降のものについて適用されます。)

行政書士は街の身近な法律家

埼玉県行政書士会所属

行政書士渡辺事務所

行政書士・渡邉文雄

 

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1. 配偶者居住権とは

 

 配偶者居住権制度は、自宅土地建物を、負担付所有権と配偶者居住権(建物に住む権利)に分け、配偶者が相続開始時に住んでいる自宅に無償で住み続けることができるようにするものです。

 配偶者居住権により、亡くなるまで無償で住み続けることができますが、任意の期間を定めることもできます。配偶者居住権は法定債権です。

 

 民法改正前は、遺留分侵害の問題から、配偶者は家を相続すると預貯金などはあまり相続できませんでしたが、改正後は、配偶者居住権は所有権よりも評価額が低いことから、その分預貯金を多く相続させることができるようになりました。

 また、配偶者居住権で遺贈することによって、実質的に遺留分を侵害する遺言内容であっても、法的に遺留分の問題を解決できるできる可能性が広がりました。

 

2. 配偶者居住権の取得と成立要件

 

(1)配偶者居住権の取得方法

 

① 遺言による遺贈、死因贈与契約による取得

② 遺産分割により取得

③ 家庭裁判の審判による取得   

 

 配偶者居住権を遺言により設定する方法は「遺贈」(※)となります。

 なお、遺言で「配偶者居住権を相続させる」としても、相続の効力が生ずることはなく、遺贈の効力が生じます。

 

(※)相続させる旨の遺言(特定財産承継遺言)だと、配偶者居住権の取得のみを拒絶することはできないため「相続放棄」をしなければならず、かえって配偶者の利益を害することになってしまいます。これに対して「遺贈」であれば特定の財産の遺贈についてのみ放棄できる(民法986条)ので、配偶者居住権は遺贈に限るとしたものです(民法1028条1項2号)。

(出典:日本行政書士会連合会(2022)『 月刊日本行政№.594』日本行政書士会連合会.23頁) 

 

民法1028条(配偶者居住権)

1.被相続人の配偶者(以下この章において単に「配偶者」という。)は、被相続人の財産に属した建物に相続開始の時に居住していた場合において、次の各号のいずれかに該当するときは、その居住していた建物(以下この節において「居住建物」という。)の全部について無償で使用及び収益をする権利(以下この章において「配偶者居住権」という。)を取得する。ただし、被相続人が相続開始の時に居住建物を配偶者以外の者と共有していた場合にあっては、この限りでない。

一 遺産の分割によって配偶者居住権を取得するものとされたとき。

二 配偶者居住権が遺贈の目的とされたとき。

2.居住建物が配偶者の財産に属することとなった場合であっても、他の者がその共有持分を有するときは、配偶者居住権は、消滅しない。

3.第903条第4項の規定は、配偶者居住権の遺贈について準用する。

 

(2)配偶者居住権の成立要件

 

➀ 被相続人の配偶者であること

② 被相続人の財産に属した建物に相続開始の時に居住していたこと

③ 遺言や、遺産分割協議による法定相続人の合意、家庭裁判所による遺産分割の審判によって取得する  

 

(3)配偶者居住権の登記

 

 配偶者居住権(長期)では、存続期間が長期間に及ぶことから、第三者対抗要件としての登記が定められています。

 居住建物の所有者は、配偶者居住権の設定の登記を備えさせる義務を負います。

 登記には、不動産賃貸借の対抗力の規定が準用されます。

 

民法1031条(配偶者居住権の登記等)

1.居住建物の所有者は、配偶者(配偶者居住権を取得した配偶者に限る。以下この節において同じ。)に対し、配偶者居住権の設定の登記を備えさせる義務を負う。

2.第六百五条の規定は配偶者居住権について、第六百五条の四の規定は配偶者居住権の設定の登記を備えた場合について準用する。

 

民法605条(不動産賃貸借の対抗力)

不動産の賃貸借は、これを登記したときは、その不動産について物権を取得した者その他の第三者に対抗することができる。

 

民法605条の4(不動産の賃借人による妨害の停止の請求等)

不動産の賃借人は、第六百五条の二第一項に規定する対抗要件を備えた場合において、次の各号に掲げるときは、それぞれ当該各号に定める請求をすることができる。

一 その不動産の占有を第三者が妨害しているとき その第三者に対する妨害の停止の請求

二 その不動産を第三者が占有しているとき その第三者に対する返還の請求

 

 (4)配偶者短期居住権

 

➀ 配偶者が無償で、相続開始時に居住していた場合、所有者である配偶者の死亡により当然に取得する。

 

② 存続期間

  相続開始又は遺産分割確定日から6か月の日の遅い日

 

 欠格事由に該当する場合及び、相続人廃除された場合は取得できません。

 

3. 配偶者居住権の存続期間と消滅 

 

 配偶者居住権は相続する権利ではなく、遺言による遺贈や、遺産分割協議による法定相続人の合意、家庭裁判所による遺産分割の審判によって、被相続人の配偶者が取得する法定債権です。

 

 配偶者居住権は、原則として、配偶者の終身の間存続となります。ただし、遺言や遺産分割協議による法定相続人の合意(期間の設定が可能です)、家庭裁判所による遺産分割の審判に別段の定めがあればそれに従います。

 配偶者居住権は配偶者の死亡により消滅し、相続税はかかりません。2次相続は配偶者の金融資産のみとなり、相続税が軽減となります。

 

(配偶者居住権の消滅事由)

➀ 配偶者が死亡したとき

② 遺産の分割の協議若しくは遺言に別段の定めがあるとき、又は家庭裁判所が遺産の分割の審判において別段の定めをしたときは、定めた存続期間が満了したとき

③ 建物が滅失したとき

④ 配偶者の義務違反で所有者が消滅の意思表示をしたとき

⑤ 配偶者が配偶者居住権を放棄したとき

⑥ 配偶者と所有者間で配偶者居住権の消滅について合意したとき

 

民法1030条(配偶者居住権の存続期間)  

配偶者居住権の存続期間は、配偶者の終身の間とする。ただし、遺産の分割の協議若しくは遺言に別段の定めがあるとき、又は家庭裁判所が遺産の分割の審判において別段の定めをしたときは、その定めるところによる。 

 

4. 配偶者の義務

 

①善良な管理者の注意をもって、居住建物の使用及び収益をしなければならない

②配偶者居住権は、譲渡することができない 

 

 配偶者居住権は配偶者に一身専属的な権利であり、売却できません。自宅に住まなくなったときは放棄することになります。配偶者が自宅を売却して有料老人ホーム等に住み替えるといったことはできなくなります。

③配偶者は必要な修繕をすることができる

④配偶者は、居住建物の通常の必要費を負担する

 配偶者居住権の設定された物件の固定資産税の納税義務者は所有者と考えられています。

 

 ただし、改正法で居住建物の通常の必要経費は配偶者が負担するとされており、配偶者に求償することができると考えられています。

 

民法1032条(配偶者による使用及び収益)

1.配偶者は、従前の用法に従い、善良な管理者の注意をもって、居住建物の使用及び収益をしなければならない。ただし、従前居住の用に供していなかった部分について、これを居住の用に供することを妨げない。

2.配偶者居住権は、譲渡することができない。

3.配偶者は、居住建物の所有者の承諾を得なければ、居住建物の改築若しくは増築をし、又は第三者に居住建物の使用若しくは収益をさせることができない。

4.配偶者が第一項又は前項の規定に違反した場合において、居住建物の所有者が相当の期間を定めてその是正の催告をし、その期間内に是正がされないときは、居住建物の所有者は、当該配偶者に対する意思表示によって配偶者居住権を消滅させることができる。

 

民法1033条(居住建物の修繕等)

1.配偶者は、居住建物の使用及び収益に必要な修繕をすることができる。

2.居住建物の修繕が必要である場合において、配偶者が相当の期間内に必要な修繕をしないときは、居住建物の所有者は、その修繕をすることができる。

3.居住建物が修繕を要するとき(第一項の規定により配偶者が自らその修繕をするときを除く。)、又は居住建物について権利を主張する者があるときは、配偶者は、居住建物の所有者に対し、遅滞なくその旨を通知しなければならない。ただし、居住建物の所有者が既にこれを知っているときは、この限りでない。

 

民法1034条(居住建物の費用の負担)

1.配偶者は、居住建物の通常の必要費を負担する。

2.第五百八十三条第二項の規定は、前項の通常の必要費以外の費用について準用する。

民法583条(買戻しの実行)

2.買主又は転得者が不動産について費用を支出したときは、売主は、第百九十六条の規定に従い、その償還をしなければならない。ただし、有益費については、裁判所は、売主の請求により、その償還について相当の期限を許与することができる。

民法196条(占有者による費用の償還請求)

1.占有者が占有物を返還する場合には、その物の保存のために支出した金額その他の必要費を回復者から償還させることができる。ただし、占有者が果実を取得したときは、通常の必要費は、占有者の負担に帰する。

2.占有者が占有物の改良のために支出した金額その他の有益費については、その価格の増加が現存する場合に限り、回復者の選択に従い、その支出した金額又は増価額を償還させることができる。ただし、悪意の占有者に対しては、裁判所は、回復者の請求により、その償還について相当の期限を許与することができる。 

 

5. 配偶者居住権の遺贈と特別受益持戻

 

 2018民法改正により、婚姻期間20年以上の夫婦相互間における「自宅の遺贈又は贈与」(※1)は、持戻免除の意思表示をしたものと推定され、相続分の計算においては、特別受益持戻をしないこととされた(みなし相続財産額(相続分算定の基礎となる遺産)に算入しない(※2))。

 これによって、自宅は遺産分割の対象から除かれることとなった。

 以上は、配偶者居住権の遺贈について準用される。

 

(※1) 夫婦の居住の用に供する建物又はその敷地について遺贈又は贈与

 

(※2) 遺留分算定の基礎となる財産には算入されます。

 

(2019.7.1施行 ※生前贈与は2019年7月1日以降におこなわれたものについて適用。遺贈は遺言書等作成日付が2019年7月1日以降について適用) 

 

民法1028条(配偶者居住権)

3 第九百三条第四項の規定は、配偶者居住権の遺贈について準用する。 

 

民法903条(特別受益者の相続分)

1.共同相続人中に、被相続人から、遺贈を受け、又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた者があるときは、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加えたものを相続財産とみなし、第900条から第902条までの規定により算定した相続分の中からその遺贈又は贈与の価額を控除した残額をもってその者の相続分とする。

2.遺贈又は贈与の価額が、相続分の価額に等しく、又はこれを超えるときは、受遺者又は受贈者は、その相続分を受けることができない。

3.被相続人が前2項の規定と異なった意思を表示したときは、その意思に従う。

4.婚姻期間が二十年以上の夫婦の一方である被相続人が、他の一方に対し、その居住の用に供する建物又はその敷地について遺贈又は贈与をしたときは、当該被相続人は、その遺贈又は贈与について第1項の規定を適用しない旨の意思を表示したものと推定する。 

 

6. 自宅(居住建物)が共有になっている場合

 

➀ 配偶者と共有している場合は、配偶者居住権の設定ができます。 

② 配偶者以外と共有している場合は、配偶者居住権の設定はできません。 

③ 配偶者が居住建物について共有持分を有する場合は、配偶者居住権が消滅しても所有者に居住建物を返還する必要はありません。

 

民法1028条(配偶者居住権) 

1.被相続人の配偶者(以下この章において単に「配偶者」という。)は、被相続人の財産に属した建物に相続開始の時に居住していた場合において、次の各号のいずれかに該当するときは、その居住していた建物(以下この節において「居住建物」という。)の全部について無償で使用及び収益をする権利(以下この章において「配偶者居住権」という。)を取得する。ただし、被相続人が相続開始の時に居住建物を配偶者以外の者と共有していた場合にあっては、この限りでない。

一 遺産の分割によって配偶者居住権を取得するものとされたとき。  

二 配偶者居住権が遺贈の目的とされたとき。

2. 居住建物が配偶者の財産に属することとなった場合であっても、他の者がその共有持分を有するときは、配偶者居住権は、消滅しない。

3 第九百三条第四項の規定は、配偶者居住権の遺贈について準用する。

 

民法1035条(住建物の返還等)

1.配偶者は、配偶者居住権が消滅したときは、居住建物の返還をしなければならない。

 ただし、配偶者が居住建物について共有持分を有する場合は、居住建物の所有者は、配偶者居住権が消滅したことを理由としては、居住建物の返還を求めることができない。

2.第五百九十九条第一項及び第二項並びに第六百二十一条の規定は、前項本文の規定により配偶者が相続の開始後に附属させた物がある居住建物又は相続の開始後に生じた損傷がある居住建物の返還をする場合について準用する。

民法599条(借主による収去等)

1.借主は、借用物を受け取った後にこれに附属させた物がある場合において、使用貸借が終了したときは、その附属させた物を収去する義務を負う。ただし、借用物から分離することができない物又は分離するのに過分の費用を要する物については、この限りでない。

2.借主は、借用物を受け取った後にこれに附属させた物を収去することができる。

民法621条(賃借人の原状回復義務)

賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く。以下この条において同じ。)がある場合において、賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に復する義務を負う。ただし、その損傷が賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。   

 

7. その他

 

➀ 小規模宅地等の特例適用対象となります。

② 老人ホームに入所した場合、消滅しません。

③ 第三者への賃貸可能です。賃料は配偶者に帰属します。ただし、建

 物所有者の承諾が必要です。 

④ 配偶者居住権の効力は対象建物の全体に及び、店舗や賃貸物件併用の場合は、それらを含めて使用収益することができます。

 

8. 配偶者居住権の評価額

 

配偶者居住権の価値= 建物・敷地の現在価値(時価)((A)+(B))− 負担付所有権の価値((C)+(D))

 

(A):建物の「配偶者居住権の評価額」(現在価値)物の時価 − [建物の時価 × (残存耐用年数(*1)− 存続年数(*2))÷ (残存耐用年数 × 存続年数に応じた法定利率(3%)による複利原価率(*3))]

 

(*1)残存耐用年数:所得税法で定められている耐用年数(住宅用)に1.5を乗じて計算した年数から、建築後経過年数を控除した年数。

(注)残存耐用年数又は「(残存耐用年数 − 存続年数)」が0以下になるときは(残存耐用年数 − 存続年数)÷ 残存耐用年数は0とする。

 

(*2)存続年数:配偶者居住権を存続させる期間が終身であるときは、配偶者の平均余命(簡易生命表の平均余命 – 配偶者の現在の年齢)。

 

(*3)複利現価率:複利計算による将来価値の現在価値への割引率。

・ 複利原価率=1 ÷(1+r)のn乗(r:法定利率(3%)、n:経過年数)

 

・ 法定利率(3%)で10年後の将来価値に対する複利原価率

 1 ÷(1+0.03)^10 

 

(B):敷地利用権の評価額(現在価値)=敷地の時価 − (敷地の時価 ×  存続年数に応じた法定利率(3%)による複利原価率) 

 

(C):建物の負担付所有権の評価額=建物の時価 − 『建物の「配偶者居住権の評価額」(現在価値)(A)』

 

(D):敷地の負担付所有権の評価額=敷地の時価 − 敷地利用権の評価額(現在価値)(B)』 

 

(出典:彩の国 行政書士埼玉 №161 2019.2(15−16頁)、法務省ホームページ)

 

9. 配偶者居住権と所有権、選択の分岐点

 

 配偶者居住権の評価額は妻の年齢が若いほど高くなり、所有権の評価額に近づきます。したがって、妻が若いほど配偶者居住権で取得させるメリットは少なくなります。 

 

 配偶者居住権は売却することはできません。したがって、妻が若い場合は、売却して転居したり、老人ホーム等に入居したりできる所有権での相続が有利と言えます。

 


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