「相続される財産」と「遺産分割の対象となる財産」

□ 被相続人の全ての権利義務は、一身に専属するものを除いて、相続財産として相続人に承継されます。そのうち、遺産分割を要するのは「積極財産」のみです。

□ 香典は相続財産には含まれません(遺産分割の対象になりません)。 

□ 共同相続のうちの1人が遺産分割の前に勝手に預貯金(遺産)を引き出した場合は、勝手に引き出した者以外の同意のみで全額の返還を求め、遺産分割の対象に含めることができます。

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埼玉県行政書士会所属

行政書士渡辺事務所

行政書士・渡邉文雄

 

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1. 相続される財産と遺産分割の対象となる財産 

 

 被相続人の全ての権利義務は、一身に専属するものを除いて、相続財産として相続人に承継されます。そのうち、遺産分割を要するのは「積極財産」のみです。

 

 なお、借金などの債務は、相続開始と同時に法定相続分に従って各相続人に相続され、遺産分割の対象になりません。

 ただし、具体的に「どの債務をどの相続人がどれだけ引き継ぐか」は、「遺産分割の協議」で決めます。 (詳しくは 》債務の相続 をご覧ください。)

 

 扶養を受ける権利や生活保護法による保護を受ける権利など、被相続人の一身に専属するものは、相続によって承継されないとされています。

 

 相続財産は、相続人間で共有状態となりますが、遺産分割の確定により個々の相続人に帰属することになります。

 

民法896条(相続の一般的効力)

相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する。ただし、被相続人の一身に専属したものは、この限りでない。 

 

2. 遺産分割の対象となる財産 

 

 遺産分割を要するのは土地、建物などの不動産、家財道具、貴金属・宝石類、絵画、書画・骨董、盆栽、自動車、大型船舶、小型船舶、航空機、建設機械、現金などの動産、預金・貯金、株式などの有価証券、借地・借家権、土地賃借権、建物賃借権、株式、国債、約束手形、小切手、生命保険金、売買代金債権、敷金債権、電子記録債権などの債権、著作権・特許権などの無体財産権、遺産から生じた果実などの「積極財産」です。

 

 ただし、これらであっても、内容や性質によっては、遺産分割の対象にならないものもあります。

 

 また、遺産分割の対象外であっても、相続人全員の明示または黙示の合意があれば、遺産分割の対象とすることができるとされています。 

 

3. 遺産分割の対象となる財産か否か、判断に迷うもの

 

(1)現金

 

 現金は債権より動産に近いことから遺産分割の対象とされます。

 したがって、相続人は遺産分割までの間は自己の相続分に相当する金銭の支払いを求めることはできません。

 

 ただし、現金についてだけ「先に」遺産分割協議を成立させることは可能です。

 

(2)預貯金

 

 2004年の最高裁判決により、預貯金は法定相続分により自動的に分配され裁判で遺産分割の対象にできない、とされてきましたが、2016年(平成28年)12月19日の最高裁大法廷決定(*)により判例変更がなされ、預貯金は裁判で遺産分割の対象にできるとされました。

 

*共同相続された普通預金債権,通常貯金債権及び定期貯金債権は,いずれも,相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはなく,遺産分割の対象となる。(出典:裁判所ホームページ)

 

(参考)

  民法改正(2018.7.13公布)により「預金の仮払制度」が創設され、遺産分割前でも、預金の一定額までは、単独で払い戻せるようになりました。(令和元年7月1日施行※相続開始が施行日前であっても適用されます。) 

 具体的には、民法改正前は遺産分割協議が調わなければ預貯金を引き出すことはできませんでしたが、改正後は、遺産分割前でも、一定額に限り、相続人が単独で払い戻せるようになりました。 

 払い戻せる金額は、預貯金額×法定相続分×1/3(金融機関ごと、上限150万円) 

 

(3)子ども名義の預貯金

 

 子ども名義の預貯金については、相続人で話し合い、その管理状況に照らし合わせて、次のいずれかに決めます。

 

 ① 「被相続人の相続財産」として遺産分割の対象に含める

 ② 生前贈与と判断し遺産分割の対象にしないが、「特別受益」として扱う

 ③ 生前贈与と判断し遺産分割の対象にせず、特別受益の対象にもし

   ない 

  など 

 

(4)借家権

 

① 一般法上の借家権

 

 一般法上の借家権は財産権として相続の対象となると解されています。

 しかし、内縁の妻は相続権がありませんから、退去せざるを得ないことになります。この問題を、最高裁は、相続人の賃借権を援用して解決しています(家屋賃借人の内縁の妻は、賃借人が死亡した場合には、相続人の賃借権を援用して賃貸人に対し当該家屋に居住する権利を主張することができるが、相続人とともに共同賃借人となるものではない。)(最判例昭和42年2月 21日、出典:裁判所ホームページ)。

 この理論によると、相続人がいなかった場合には、内縁の妻は家主に対し居住権を主張することができないことになってしまいます(賃借権が承継されない)が、その場合には、借地借家法36条により内縁の妻が賃借権を承継することができるとされています。

 

 

借地借家法36条(居住用建物の賃貸借の承継)

1. 居住の用に供する建物の賃借人が相続人なしに死亡した場合において、その当時婚姻又は縁組の届出をしていないが、建物の賃借人と事実上夫婦又は養親子と同様の関係にあった同居者があるときは、その同居者は、建物の賃借人の権利義務を承継する。ただし、相続人なしに死亡したことを知った後一月以内に建物の賃貸人に反対の意思を表示したときは、この限りでない。

2. 前項本文の場合においては、建物の賃貸借関係に基づき生じた債権又は債務は、同項の規定により建物の賃借人の権利義務を承継した者に帰属する。

 

② 特別法上の借家権

 

 特別法上のものは、その法規に従って決まります。

 公営住宅の使用権については、最高裁は、公営住宅法の目的、入居者の資格制限、選考方法など公営住宅法の規定の趣旨に鑑みれば、「公営住宅の入居者が死亡した場合に、その相続人は、当該公営住宅を使用する権利を当然に承継するものではない」としています(最判平成2年10月18日、出典:裁判所ホームページ)。

 

(5)土地・建物の賃借権 

 

 土地・建物を借りていた場合には、賃借人が死亡した場合でも、賃貸借契約が当然に終了するわけではありません。賃借権(賃借人としての権利)も相続の対象となります。

 なお、賃借権を相続する場合には相手方の同意は不要です。(賃借権を譲渡する場合は賃貸人の同意が必要)

 

(6) 占有権

 

 占有権は相続の対象となります。

 大審院の判例では、相続人が目的物を所持しなくても、占有権は相続によって相続人に移転するとしています(大判大正4年12月) 。 

 最高裁判所の判例もこれを踏襲して、被相続人の事実的支配の中にあった物は、原則として、当然に相続人の支配の中に承継されるとみるべきであるから、その結果として、占有権も承継され、被相続人が死亡して相続が開始するときは、特別の事情のない限り、従前その占有に属していたものは、当然相続人の占有に移ると解すべきであるとしています(最判昭和44年10月)。  

 占有権が相続されるとした場合、例えば、相続人がその占有物について取得時効を主張する場合に、自己の占有のみを主張するか、あるいは被相続人の占有を併せて主張するかの選択権を有するかという問題があります。

 判例は、民法187条1項は相続のような包括承継にも適用され、相続人は必ずしも被相続人の占有についての善意・悪意の地位をそのまま承継するのではなく、その選択に従い、自己の占有のみを主張し又は被相続人の占有に自己の占有を併せて主張できるとして、相続における民法187条1項の適用を肯定して取得時効の主張を認めています(最判昭37.5.18)。 

 

民法187条(占有の承継)

1. 占有者の承継人は、その選択に従い、自己の占有のみを主張し、又は自己の占有に前の占有者の占有を併せて主張することができる。 

2. 前の占有者の占有を併せて主張する場合には、その瑕疵をも承継する。

 

(7)香典

 

 香典は、通常、葬儀の経費の一部を負担するため、葬儀費用の負担者(喪主)あてに贈与されたものとみなされます。

 相続財産には含まれず、遺産分割の対象にもなりません。相続放棄、特別受益とは関係ありません。

 

 ただし、葬儀費用を相続財産から支出した場合は、香典は相続人が法定相続分に応じ取得する、という学説が有力です。

 

(8)墓地・墓石、仏壇、位牌、仏具 

 

 墓地・墓石、仏壇、位牌、仏具などは祭祀継承者が承継します。遺産分割の対象になりません

 

(9)遺産から生じた果実(相続が開始してから遺産分割が確定するまでの地代、家賃、預金に対する利子)

 

 相続が開始した日(亡くなった日)から遺産分割が確定した日までの間に遺産から生じた法定果実(地代、家賃、預金に対する利子など)は、相続財産には当たらず、遺産分割の対象になりません。

 

 判例上は「遺産と別個のもので各相続人が法定相続分の割合で取得する」とされ、後の遺産分割の影響は受けません(最高裁2005.9.8) 

 

 ただし、相続が開始してから遺産分割が確定するまでの地代、家賃、預金に対する利子は、相続人全員の明示または黙示の合意があれば、他の遺産と合わせて遺産分割の対象とすることができるとされています。  

 遺産から生じた地代、家賃、預金に対する利子なども合わせて調整したほうが遺産分割しやすいことから、遺産分割の実務においては、それらも含めて考え、銀行口座を取得したものがその利子も取得し、不動産を取得したものが家賃も取得するのが一般的です。   

 

 

 

 

(10)生命保険金  

(11)死亡退職金  

(12)退職年金 

(13)未支給年金

(14)遺族年金

(15)個人年金   

 

※(10)~(15)については、生命保険金・死亡退職金・退職年金・未支給年金・遺族年金・個人年金と遺産分割 をご覧ください 。

 

(16)労災保険の遺族補償給付・遺族給付、埋葬料・葬祭給付、健康保険の埋葬料、国保の埋葬の給付

 

 これらは、法律によって受給権者が定められており、受給権者の固有財産とみなされ、相続財産には含まれず、遺産分割の対象になりません。

 

( 相続を放棄した場合も受け取ることができ、遺留分侵害額請求の対象にならない。)

 

(17)財産分与の請求権

 

 財産分与の請求権は本人が請求しないがぎり権利を行使できないと考えられています(一身専属権)。したがって、本人が請求しなかったときは相続されず、遺産分割の対象外です。  

 

 委任による契約上の権利義務、代理権、扶養請求権など、被相続人の一身に専属した権利義務は相続人に承継されません。(出典;小池信行(監修)・吉岡誠一(著)( 2015)『これだけは知っておきたい 相続の知識』日本加除出版.6頁) 

 

(18)遺留分侵害額請求権

 

 配偶者の一方(仮に「夫」とする)が、相手方(仮に「妻」とする)の遺留分を侵害する遺言をしたとします。

 「夫」が亡くなったあと、「妻」が、遺留分侵害額請求権を行使も放棄もしないまま、遺留分侵害額請求権の時効(※)前に死亡した場合は、遺留分侵害額請求権は「妻」の相続財産となります。 

 したがって、「妻」の相続人は、この遺留分侵害額請求権について、法定相続分を請求できることになります。 

 

※ 遺留分侵害額請求権(旧遺留分減殺請求権)は、短期消滅時効(1年)です。(混同しやすいものとして、相続放棄の申し立て期限(3ヵ月)がある)

 また、被相続人の死亡から10年(除斥期間)を経過したときは、遺留分侵害額請求権は消滅します。  

 

(19)「特定遺贈」及び「死因贈与」

 

 遺言によって相続人以外に贈与した「特定遺贈」及び、相続人以外にした「死因贈与」は遺産分割の対象外です。 

 ただし、遺言で相続人以外にした「包括遺贈」、包括受遺者にした「死因贈与」、包括受遺者の受けた生前贈与は遺産分割の対象です。(「特別受益」として「みなし相続財産額」に算入します)。   

 

(20)結婚期間が20年以上の夫婦間で行った、居住用不動産の生前贈与や遺贈 

 

 以前は結婚期間が20年以上の夫婦間で行った、居住用不動産の生前贈与や遺贈についても、相続の時にこれも遺産に加えて相続分を計算する必要がありましたが、民法改正(2018.7.13公布)により、遺産分割の対象から除かれ、相続時に遺産として計算しなくてもよいことになりました。 (令和元年7月1日施行 ※生前贈与は令和元年7月1日以降におこなわれたものについて適用。遺贈は遺言書等作成日付が令和元年7月1日以降について適用)  

 

(21)「遺産の管理費用」の扱い     

 

 遺産の管理費用は、本来遺産分割の対象ではありませんが、相続人全員の合意があれば、上記と同様に他の遺産と合わせて解決したほうが分割しやすいと考えられます。

 

4. 遺産分割の前に勝手に預貯金(遺産)を引き出した場合はどうなるか

 

 2018民法改正前は、共同相続のうちの1人が遺産分割前に遺産を不当に処分した場合でも、不当利得の返還請求ができるのは法定相続分にとどまり、全額の返還を求めることはできなかったが、改正により、遺産を不当に処分した者以外の相続人の同意のみで、処分された遺産を遺産分割の対象に含めることが可能となった。

 

民法906条の2(遺産の分割前に遺産に属する財産が処分された場合の遺産の範囲)

1.遺産の分割前に遺産に属する財産が処分された場合であっても、共同相続人は、その全員の同意により、当該処分された財産が遺産の分割時に遺産として存在するものとみなすことができる。

2.前項の規定にかかわらず、共同相続人の一人又は数人により同項の財産が処分されたときは、当該共同相続人については、同項の同意を得ることを要しない。