紛らわしい、遺産分割の対象財産(生命保険金・死亡退職金・退職金・未支給年金・個人年金・退職年金)

□ 生命保険金を受け取る権利(保険金請求権)は、生命保険契約に基づいて被保険者の死亡により発生するものであり、被相続人が一旦取得したのちに相続されるものではないので、被相続人が自身を受取人として指定している場合を除き相続財産には属さないと解されています。

□ 被相続人(保険契約者、被保険者)が保険金受取人を指定しなかった場合は、保険契約約款及び保険法等の規定に従って判断されます。

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 1. 遺産分割の対象となる相続財産

 

 被相続人の全ての権利義務は、一身に専属するものを除いて相続人に承継され、遺産分割の確定により個々の相続人に帰属することになります。

 

 ただし、内容や性質によっては遺産分割の対象にならないものもあります。遺産分割の対象にならないものは、相続放棄した場合も受け取ることができます。また、遺留分侵害額請求の対象にもなりません。

 

2.  生命保険金が遺産分割の対象となるか否かは、受取人の指定の仕方により異なります

 

(1)被相続人自身以外を受取人として指定している

 

 生命保険金を受け取る権利(保険金請求権)は、生命保険契約に基づいて被保険者の死亡により発生するものであり、被相続人が一旦取得したのちに相続されるものではないので、被相続人が自身を受取人として指定している場合を除き相続財産には属さないと解されています。(被相続人が自身を受取人として指定している場合を除き遺産分割の対象にならず、相続放棄した場合も受け取ることができる。また、遺留分侵害額請求の対象にならない。)

 

□ 「特定の相続人」を受取人として指定している

 

  「特定の相続人」を受取人として指定している 場合は、保険金は指定された受取人の固有財産となり、遺産分割の対象になりません。

 

指定している受取人は保険契約の効力として保険金請求権を取得するものであり、保険金は受取人の固有財産となり、相続財産には属さない(大判昭和11年5月13日)。 

 

 

□ 受取人を単に相続人としている

 

 受取人を「単に相続人としている」場合は、特段の事情のない限り、相続人の固有財産となり、相続財産には属しません。相続放棄した場合も受け取ることができます。また、遺留分侵害額請求の対象になりません。

 

判例は、特段の事情のない限り、相続人の固有財産となり、相続財産には属さないとしている(最判昭和40年2月2日)。

 

 ただし、このことについては、保険契約者である被相続人の意思の解釈の問題であるとされていることから、被相続人の意思が相続によって承継されるべきものであることが明らかな場合は相続財産に属すると解されます。

 したがって、この場合においては保険金請求権は遺産分割の対象になり、その確定により個々の相続人に帰属することになります。相続放棄した場合は受け取ることができません。

 

□ 「相続人以外の者」を受取人として指定 している

 

 「相続人以外の者」を受取人として指定している場合は、保険金は指定された受取人の固有財産となり、遺産分割の対象になりません。

 

 

保険金は指定された受取人の固有財産となります。指定された受取人が相続の時死亡していた場合は、指定された受取人の相続人の固有財産となり、相続財産には属さない(大判大正11年2月7日)。

 

(2)被相続人(保険契約者、被保険者)が「自分自身」を受取人として指定している

 

 被相続人(保険契約者、被保険者)が自分自身を受取人として指定している場合、すなわち、被相続人が保険契約者と被保険者及び保険金の受取人の資格を兼ねている場合は、保険金請求権は相続財産に属すると解されています。

 したがって、保険金請求権は遺産分割の対象になり、その確定により個々の相続人に帰属することになります。相続放棄した場合は受け取ることができません。

 

(3)被相続人(保険契約者、被保険者)が保険金受取人を指定しなかった 

 

 保険契約約款及び保険法等の規定に従って判断されます。

(出典:堀川末子(2019)『家族でもめないための公正証書遺言のすすめ』自由国民社.87頁)

 

(4)指定した保険金受取人が被相続人より先に死亡したとき

 

 指定した保険金受取人が被相続人より先に死亡し、再指定しないうちに被相続人が死亡したときは、指定した保険金受取人の相続人が、相続財産ではなく固有財産として保険金を受け取ることとされています(大判大正11年2月7日)。 

 

(5)生命保険金と特別受益持戻し  

 

 最高裁判例は、生命保険金死亡保険金請求権は、民法903条1項の所定の特別受益には当たらないとしたうえで、保険金受取人である相続人と他の共同相続人との間に生ずる不公平が民法903条の趣旨に照らして是認できないほどに著しいものであるという特段の事情があるときは、特別受益に準じて持ち戻しの対象になる、としている(最決平成16年10月29日)。

  

 過去の裁判例から言えば、相続財産総額(死亡保険金を除く)の半分を超える額の死亡保険金は特別受益にあたり、特別受益持戻しの対象となる可能性があります。(出典:佐山和弘( 2018)『相続で絶対モメない遺産分割のコツ 言葉・空気・場の読みまちがいが命取り!』家の光協会.137頁)。 

 

(6)生命保険金と遺留分侵害額請求権  

 

 生命保険金は相続財産に属すると解される場合を除き、遺留分侵害額請求権の対象とはならないと考えられています。

 

 生命保険金は遺留分減殺請求権の対象とはならない(最判平成14年11月5日) 。  

 

 

(出典:小池信行(監修)・吉岡誠一(著)( 2015)『これだけは知っておきたい 相続の知識 -相続人と相続分・遺産の範囲・遺産分割・遺言・遺留分・寄与分から戸籍の取り方・調べ方、相続登記の手続・相続税まで-』日本加除出版.30-31頁)

 

3.  死亡退職金

 

 公務員や会社に勤めていた者が在職中死亡した場合には、死亡退職金が支給されます。

 死亡退職金は一般的には、生前の労働に対する報酬であるとともに、遺族の生活を保障する性格を有するものであるとされています。 

 通常、法令又は会社の就業規則等の内規には死亡退職金を支給する旨の規定があり、死亡退職金の受給者の範囲や順位が定められています。

 法令又は会社の就業規則等の内規に死亡退職金を支給する旨の規定があり、かつ、受取人の範囲や順位が定められている場合は相続財産に属しません。遺産分割の対象とはならず、受取人の固有の権利と考えられています(最判昭和55年11月27日)。相続放棄した場合も受け取ることができます。また、遺留分侵害額請求の対象になりません。

 

 会社の就業規則等の内規に死亡退職金を支給する旨の規定はあるものの、死亡退職金の受取人の範囲や順位が定められていない場合は、相続財産に属し遺産分割の対象となると考えられています。また、遺留分侵害額請求の対象になります。

 

(出典:第一東京弁護士会人権擁護委員会[編](2016)『離婚を巡る相談100問10答 第二次改定版』ぎょうせい.191-192頁) 

 

 (参考)

 死亡退職金の受給権が相続財産に属さず受給権者である遺族固有の権利であるとされた事例 

(裁判要旨) 死亡退職金の支給等を定めた特殊法人の規程に、死亡退職金の支給を受ける者の第一順位は内縁の配偶者を含む配偶者であって、配偶者があるときは子は全く支給を受けないことなど、受給権者の範囲、順位につき民法の規定する相続人の順位決定の原則とは異なる定め方がされている場合には、右死亡退職金の受給権は、相続財産に属さず、受給権者である遺族固有の権利である。 (最高裁昭55.11.27判決、出典:裁判所ホームページ)

 

(参考)

 法令又は会社等の内規に死亡退職金の具体的な受取人の指定に関する規定がない場合は、従来の支給慣行や支給の経緯に照らして、相続財産となるか否かを判断します。(出典:堀川末子(2019)『家族でもめないための公正証書遺言のすすめ』自由国民社.87頁)

 

4.  公務員・私立学校法人の職員の死亡退職手当 

 

 前項のとおり、相続財産に属しません。遺産分割の対象とはならず、受取人の固有の権利と考えられています。

 

5. 遺族年金

 

 公的年金の遺族年金は、法律によって受給権者が定められていることから、受給権者の固有の権利であり相続財産に属しません。遺産分割の対象とはならず、受取人の固有の権利と考えられます。 

 

 相続を放棄した場合も受け取ることができ、遺留分侵害額請求の対象になりません。   

 

6. 退職年金

 

 退職年金とは、「企業年金」制度のある会社に勤めていた被保険者が死亡した場合、退職金の一部を「年金」として受け取るものです。

 退職年金を受給していた方が亡くなった場合は、遺族は「年金受給権」を承継し、残りの期間の「年金」を受け取ることができます。

 

 当該の退職年金の規定に、受給していた方が亡くなった場合における受給権者が定められているときは、被相続人の代わりに受給する退職年金は受給権者の固有の権利であり相続財産に属しません。

 したがって、遺産分割の対象とはなりません。 

 

 受給権者の指定が定められていない場合においても、「受給権者の範囲と順位が定められているとき」は、被相続人の代わりに受給する退職年金は相続財産に属しません。

 したがって、遺産分割の対象とはなりません。  

 

7.  個人年金

 

 個人年金とは、公的年金(国民年金や厚生年金等)を補填する目的で、生命保険会社と契約する「私的年金」の一種です。

 生死に関わらず一定期間「年金」が受け取れる「確定年金」、生存している限り一生涯「年金」が受けとれる「終身年金」、生存している限り一定期間「年金」が受け取れる「有期年金」など、様々な種類があります。

 

 個人年金を受給していた方が亡くなった場合は、遺族は「年金受給権」を承継し、残りの期間の「年金」を受け取ることができます (終身年金、有期年金を除く)。

 

 当該の個人年金の規定に、受給していた方が亡くなった場合における受給権者が定められているときは、被相続人の代わりに受給する個人年金は受給権者の固有の権利であり相続財産に属しません。

 したがって、遺産分割の対象とはなりません。また、相続放棄した場合も受け取ることができます。遺留分侵害額請求の対象になりません。 

 

8. 労災保険・遺族補償給付

 

 労災保険の遺族補償給付は、労働者が業務災害によって死亡した場合に労災保険給付として支給されます。年金で支給されるのが原則です。

 遺族補償年金の受給権者の範囲と順位は、法律によってが定められていることから、受給権者の固有の権利であり相続財産に属しません。

 したがって、遺産分割の対象とはなりません。 また、相続放棄した場合も受け取ることができ、遺留分侵害額請求の対象になりません。

 

労働者災害補償保険法16条の2  

1.遺族補償年金を受けることができる遺族は、労働者の配偶者、子、父母、孫、祖父母及び兄弟姉妹であつて、労働者の死亡の当時その収入によつて生計を維持していたものとする。ただし、妻(婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にあつた者を含む。以下同じ。)以外の者にあつては、労働者の死亡の当時次の各号に掲げる要件に該当した場合に限るものとする。

一  夫(婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にあつた者を含む。以下同じ。)、父母又は祖父母については、六十歳以上であること。

二  子又は孫については、十八歳に達する日以後の最初の三月三十一日までの間にあること。

三  兄弟姉妹については、十八歳に達する日以後の最初の三月三十一日までの間にあること又は六十歳以上であること。

四  前三号の要件に該当しない夫、子、父母、孫、祖父母又は兄弟姉妹については、厚生労働省令で定める障害の状態にあること。

2.労働者の死亡の当時胎児であつた子が出生したときは、前項の規定の適用については、将来に向かつて、その子は、労働者の死亡の当時その収入によつて生計を維持していた子とみなす。 

3.遺族補償年金を受けるべき遺族の順位は、配偶者、子、父母、孫、祖父母及び兄弟姉妹の順序とする。

 

9. 未支給年金

 

 未支給年金とは被相続人が亡くなる前の年金でまだ支給日の来ていないもののことです。 

 公的年金の未支給年金は、法律によって受給権者の範囲と順位が定められていることから、受給権者の固有の権利であり相続財産に属しません。

 したがって、遺産分割の対象とはなりません。 また、相続放棄した場合も受け取ることができ、遺留分侵害額請求の対象になりません。 

 

 なお、未支給年金の請求書は年金受給者死亡届と複写になっています。