配偶者居住権~遺産の柔軟な分け方が可能になりました~

注意事 項 民法改正(30.7.13公布)により、遺贈等によって配偶者に「配偶者居住権」を取得させることができるようになりました。(改正法は令和2年4月1日以降に開始した相続に適用されます。遺言による遺贈は遺言書作成日付が令和2年4月1日以降のものについて適用されます。)

行政書士は街の身近な法律家

埼玉県行政書士会所属

行政書士渡辺事務所

行政書士・渡邉文雄

 

似顔絵

1. 配偶者居住権制度の概要

 

  配偶者居住権制度とは、自宅の土地や建物に「負担付所有権」を設定し、長男などの相続人に承継させつつ、配偶者が亡くなるまでその土地や建物に住む権利(「配偶者居住権」:法定債権)を配偶者に与える制度です。配偶者居住権は任意で期間を定めることが可能です。

 

  自宅を配偶者居住権で取得させることにより、配偶者に預貯金を多く相続させることができます。

  例えば、相続人が妻と子の二人で、相続財産が路線価5千万円の自宅不動産と5千万円の預貯金の場合を考えると、法定相続割合で遺産分割を行うと、妻と子の相続割合は2分の1ずつですから、妻が自宅を相続すると預貯金は全額を子が相続することになり、これでは妻は生活に困る恐れがあります。 

  自宅を配偶者居住権で取得させることにより、妻が評価額2千5百万円の配偶者居住権と2千5百万円の預貯金を取得し、子が配偶者居住権の負担が付くことで評価額が2千5百万円となった自宅の所有権と2千5百万円の預貯金を相続するという分け方ができるようになります。 

 

  自宅が配偶者以外との共有の場合、配偶者居住権を設定することはできません。

 

  相続開始時に配偶者が自宅に居住していなければ、配偶者居住権を設定することはできません。

 

  配偶者居住権は配偶者専用の権利であり、売却はできません。自宅を離れるときは権利を放棄しますが、老人ホーム入所時には消滅しません。第三者への賃貸は可能で、賃料は配偶者に帰属します(ただし、建物所有者の承諾が必要です)。

 

 

  配偶者居住権は売却できないため、若い妻の場合は、売却して転居可能な所有権での相続が有利です。

 

  配偶者居住権は被相続人の死後に遺産分割協議で設定することも可能ですが、配偶者の安心と住居の安定を考えるならば、生前に遺言よって遺贈していた方が良いといわれています。 

 

2. 配偶者居住権とは

 

  配偶者居住権制度とは、自宅土地・建物を、土地・建物の「負担付所有権」を長男等の相続人に、配偶者にその土地・建物に亡くなるまで住む権利(「配偶者居住権」)を承継させる制度です。

 

  配偶者居住権により、配偶者は亡くなるまでその土地・建物無償で住み続けることができます(任意の期間を定めることもできます)。

  

  2018民法改正前は、遺言で配偶者に自宅と預貯金を相続させる場合、遺留分を侵害する恐れから、預貯金はあまり相続させることができませんでしたが、改正後は、配偶者に配偶者居住権を遺贈することにより、配偶者居住権は所有権よりも評価額が低いことから、その分預貯金を多く相続させることができるようになりました。 

 

  なお、配偶者居住権は法定債権です。

 

3. 配偶者居住権の取得と成立要件

 

(1)配偶者居住権の取得方法

 

① 遺言による遺贈、死因贈与契約による取得

② 遺産分割協議により取得

③ 家庭裁判の審判による取得   

 

  配偶者居住権を遺言により設定する方法は「遺贈」(※)となります。

  なお、遺言で「配偶者居住権を相続させる」としても、相続の効力が生ずることはなく、遺贈の効力が生じます。

 

(※)相続させる旨の遺言(特定財産承継遺言)だと、配偶者居住権の取得のみを拒絶することはできないため「相続放棄」をしなければならず、かえって配偶者の利益を害することになってしまいます。これに対して「遺贈」であれば特定の財産の遺贈についてのみ放棄できる(民法986条)ので、配偶者居住権は遺贈に限るとしたものです(民法1028条1項2号)。

(出典:日本行政書士会連合会(2022)『 月刊日本行政№.594』日本行政書士会連合会.23頁)   

 

(2)配偶者居住権の成立要件

 

➀ 被相続人の配偶者であること

② 被相続人の財産に属した建物に相続開始の時に居住していたこと(民法1028条1項)。入院していた場合は、生活の本拠としての実態は失われていないので配偶者居住権は成立します。

  

③ 遺言や、遺産分割協議による法定相続人の合意、家庭裁判所による遺産分割の審判によって取得する  

 

民法1028条(配偶者居住権)

1.被相続人の配偶者(以下この章において単に「配偶者」という。)は、被相続人の財産に属した建物に相続開始の時に居住していた場合において、次の各号のいずれかに該当するときは、その居住していた建物(以下この節において「居住建物」という。)の全部について無償で使用及び収益をする権利(以下この章において「配偶者居住権」という。)を取得する。ただし、被相続人が相続開始の時に居住建物を配偶者以外の者と共有していた場合にあっては、この限りでない。

一 遺産の分割によって配偶者居住権を取得するものとされたとき。

二 配偶者居住権が遺贈の目的とされたとき。

2.居住建物が配偶者の財産に属することとなった場合であっても、他の者がその共有持分を有するときは、配偶者居住権は、消滅しない。 

3.第903条第4項の規定は、配偶者居住権の遺贈について準用する。

 

4. 配偶者居住権の登記~居住建物の所有者の義務~

 

  配偶者居住権(長期)では、存続期間が長期間に及ぶことから、配偶者が配偶者居住権を不動産の譲受人等の第三者に対抗するために、第三者対抗要件としての登記が定められています。

  遺言や遺産分割協議で居住建物を取得した所有者は、配偶者居住権の設定の登記を備えさせる義務を負います。

  登記には、不動産賃貸借の対抗力の規定が準用されます。

 

民法1031条(配偶者居住権の登記等)

1.居住建物の所有者は、配偶者(配偶者居住権を取得した配偶者に限る。以下この節において同じ。)に対し、配偶者居住権の設定の登記を備えさせる義務を負う。

2.第六百五条の規定は配偶者居住権について、第六百五条の四の規定は配偶者居住権の設定の登記を備えた場合について準用する。

 

民法605条(不動産賃貸借の対抗力)

不動産の賃貸借は、これを登記したときは、その不動産について物権を取得した者その他の第三者に対抗することができる。

 

民法605条の4(不動産の賃借人による妨害の停止の請求等)

不動産の賃借人は、第六百五条の二第一項に規定する対抗要件を備えた場合において、次の各号に掲げるときは、それぞれ当該各号に定める請求をすることができる。

一 その不動産の占有を第三者が妨害しているとき その第三者に対する妨害の停止の請求

二 その不動産を第三者が占有しているとき その第三者に対する返還の請求 

 

5. 配偶者居住権の存続期間と消滅 

 

  配偶者居住権は相続する権利ではなく、遺言による遺贈や、遺産分割協議による法定相続人の合意、家庭裁判所による遺産分割の審判によって、被相続人の配偶者が取得する法定債権です。

 

  配偶者居住権は、原則として、配偶者が生きている間、存続します。ただし、遺言や、遺産分割協議による法定相続人の合意で期間を定めることができます。なお、期間を限定すると、その延長や更新はできないので注意する必要があります。

  また、家庭裁判所による遺産分割の審判に別段の定めがあればそれに従います。(民法1030条)

 

  配偶者居住権は配偶者の死亡により消滅し、相続税はかかりません。2次相続は配偶者の金融資産のみとなり、相続税が軽減となります。

 

(配偶者居住権の消滅事由)

 

➀ 配偶者が死亡したとき

② 遺産の分割の協議若しくは遺言に別段の定めがあるとき、又は家庭裁判所が遺産の分割の審判において別段の定めをしたときは、定めた存続期間が満了したとき

③ 建物が滅失したとき

④ 配偶者の義務違反で所有者が消滅の意思表示をしたとき

⑤ 配偶者が配偶者居住権を放棄したとき

⑥ 配偶者と所有者間で配偶者居住権の消滅について合意したとき

 

民法1030条(配偶者居住権の存続期間)  

配偶者居住権の存続期間は、配偶者の終身の間とする。ただし、遺産の分割の協議若しくは遺言に別段の定めがあるとき、又は家庭裁判所が遺産の分割の審判において別段の定めをしたときは、その定めるところによる。 

 

6. 配偶者の義務~配偶者居住権は譲渡することができません~

 

① 善良な管理者の注意をもって、居住建物の使用及び収益をしなければならない

② 配偶者居住権は、譲渡することができない  

  配偶者居住権は配偶者に一身専属的な権利であり、売却できません。自宅に住まなくなったときは放棄することになります。配偶者が自宅を売却して有料老人ホーム等に住み替えるといったことはできなくなります

 ただし、老人ホームに入所した場合は消滅しません。また、配偶者居住権は第三者への賃貸が可能で、賃料は配偶者に帰属します(建物所有者の承諾が必要)。

③ 配偶者は必要な修繕をすることができる

④ 配偶者は、居住建物の通常の必要費を負担する

  配偶者居住権の設定された物件の固定資産税の納税義務者は所有者と考えられています。

 

  ただし、改正法で居住建物の通常の必要経費は配偶者が負担するとされており、配偶者に求償することができると考えられています。

 

民法1032条(配偶者による使用及び収益)

1.配偶者は、従前の用法に従い、善良な管理者の注意をもって、居住建物の使用及び収益をしなければならない。ただし、従前居住の用に供していなかった部分について、これを居住の用に供することを妨げない。

2.配偶者居住権は、譲渡することができない

3.配偶者は、居住建物の所有者の承諾を得なければ、居住建物の改築若しくは増築をし、又は第三者に居住建物の使用若しくは収益をさせることができない。

4.配偶者が第一項又は前項の規定に違反した場合において、居住建物の所有者が相当の期間を定めてその是正の催告をし、その期間内に是正がされないときは、居住建物の所有者は、当該配偶者に対する意思表示によって配偶者居住権を消滅させることができる。

 

民法1033条(居住建物の修繕等)

1.配偶者は、居住建物の使用及び収益に必要な修繕をすることができる。

2.居住建物の修繕が必要である場合において、配偶者が相当の期間内に必要な修繕をしないときは、居住建物の所有者は、その修繕をすることができる。

3.居住建物が修繕を要するとき(第一項の規定により配偶者が自らその修繕をするときを除く。)、又は居住建物について権利を主張する者があるときは、配偶者は、居住建物の所有者に対し、遅滞なくその旨を通知しなければならない。ただし、居住建物の所有者が既にこれを知っているときは、この限りでない。

 

民法1034条(居住建物の費用の負担)

1.配偶者は、居住建物の通常の必要費を負担する。

2.第五百八十三条第二項の規定は、前項の通常の必要費以外の費用について準用する。

民法583条(買戻しの実行)

2.買主又は転得者が不動産について費用を支出したときは、売主は、第百九十六条の規定に従い、その償還をしなければならない。ただし、有益費については、裁判所は、売主の請求により、その償還について相当の期限を許与することができる。

民法196条(占有者による費用の償還請求)

1.占有者が占有物を返還する場合には、その物の保存のために支出した金額その他の必要費を回復者から償還させることができる。ただし、占有者が果実を取得したときは、通常の必要費は、占有者の負担に帰する。

2.占有者が占有物の改良のために支出した金額その他の有益費については、その価格の増加が現存する場合に限り、回復者の選択に従い、その支出した金額又は増価額を償還させることができる。ただし、悪意の占有者に対しては、裁判所は、回復者の請求により、その償還について相当の期限を許与することができる。 

 

7. 配偶者居住権の遺贈と特別受益持戻

 

  2018民法改正により、婚姻期間20年以上の夫婦相互間における「自宅の遺贈又は贈与」(※1)は、持戻免除の意思表示をしたものと推定され、相続分の計算においては、特別受益持戻をしないこととされた(みなし相続財産額(相続分算定の基礎となる遺産)に算入しない(※2))。

 これによって、自宅は遺産分割の対象から除かれることとなった。

 以上は、配偶者居住権の遺贈について準用される。

 

(※1) 夫婦の居住の用に供する建物又はその敷地について遺贈又は贈与

 

(※2) 遺留分算定の基礎となる財産には算入されます。

 

(2019.7.1施行 ※生前贈与は2019年7月1日以降におこなわれたものについて適用。遺贈は遺言書等作成日付が2019年7月1日以降について適用) 

 

民法1028条(配偶者居住権)

3 第九百三条第四項の規定は、配偶者居住権の遺贈について準用する。 

 

民法903条(特別受益者の相続分)

1.共同相続人中に、被相続人から、遺贈を受け、又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた者があるときは、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加えたものを相続財産とみなし、第900条から第902条までの規定により算定した相続分の中からその遺贈又は贈与の価額を控除した残額をもってその者の相続分とする。

2.遺贈又は贈与の価額が、相続分の価額に等しく、又はこれを超えるときは、受遺者又は受贈者は、その相続分を受けることができない。

3.被相続人が前2項の規定と異なった意思を表示したときは、その意思に従う。

4.婚姻期間が二十年以上の夫婦の一方である被相続人が、他の一方に対し、その居住の用に供する建物又はその敷地について遺贈又は贈与をしたときは、当該被相続人は、その遺贈又は贈与について第1項の規定を適用しない旨の意思を表示したものと推定する。 

 

8. 自宅(居住建物)が共有になっている場合

 

➀ 配偶者と共有している場合は、配偶者居住権の設定ができます。 

② 配偶者以外と共有している場合は、配偶者居住権の設定はできません。 

③ 配偶者が居住建物について共有持分を有する場合は、配偶者居住権が消滅しても所有者に居住建物を返還する必要はありません

 

民法1028条(配偶者居住権) 

1.被相続人の配偶者(以下この章において単に「配偶者」という。)は、被相続人の財産に属した建物に相続開始の時に居住していた場合において、次の各号のいずれかに該当するときは、その居住していた建物(以下この節において「居住建物」という。)の全部について無償で使用及び収益をする権利(以下この章において「配偶者居住権」という。)を取得する。ただし、被相続人が相続開始の時に居住建物を配偶者以外の者と共有していた場合にあっては、この限りでない。

一 遺産の分割によって配偶者居住権を取得するものとされたとき。  

二 配偶者居住権が遺贈の目的とされたとき。

2. 居住建物が配偶者の財産に属することとなった場合であっても、他の者がその共有持分を有するときは、配偶者居住権は、消滅しない。

3 第九百三条第四項の規定は、配偶者居住権の遺贈について準用する。

 

民法1035条(住建物の返還等)

1.配偶者は、配偶者居住権が消滅したときは、居住建物の返還をしなければならない。

 ただし、配偶者が居住建物について共有持分を有する場合は、居住建物の所有者は、配偶者居住権が消滅したことを理由としては、居住建物の返還を求めることができない。

2.第五百九十九条第一項及び第二項並びに第六百二十一条の規定は、前項本文の規定により配偶者が相続の開始後に附属させた物がある居住建物又は相続の開始後に生じた損傷がある居住建物の返還をする場合について準用する。

民法599条(借主による収去等)

1.借主は、借用物を受け取った後にこれに附属させた物がある場合において、使用貸借が終了したときは、その附属させた物を収去する義務を負う。ただし、借用物から分離することができない物又は分離するのに過分の費用を要する物については、この限りでない。

2.借主は、借用物を受け取った後にこれに附属させた物を収去することができる。

民法621条(賃借人の原状回復義務)

賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く。以下この条において同じ。)がある場合において、賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に復する義務を負う。ただし、その損傷が賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。   

 

9. その他

 

➀ 小規模宅地等の特例適用対象となります。

② 老人ホームに入所した場合、消滅しません。

③ 第三者への賃貸可能で、賃料は配偶者に帰属します。ただし、建

 物所有者の承諾が必要です。 

④ 配偶者居住権の効力は対象建物の全体に及び、店舗や賃貸物件併用の場合は、それらを含めて使用収益することができます。

 

10. 配偶者短期居住権

 

 遺言や遺産分割協議で配偶者居住権の定めをしなかった場合でも、相続開始時に配偶者が当該建物に居住していた場合は、一定の期間居住することができます。

 

➀ 配偶者が無償で、相続開始時に居住していた場合、所有者である配偶者の死亡により当然に取得する。

 

② 存続期間

  相続開始又は遺産分割確定日から6か月の日の遅い日 

 

 欠格事由に該当する場合及び、相続人廃除された場合は取得できません。 

 

民法1037条(配偶者短期居住権)

1. 配偶者は、被相続人の財産に属した建物に相続開始の時に無償で居住していた場合には、次の各号に掲げる区分に応じてそれぞれ当該各号に定める日までの間、その居住していた建物(以下この節において「居住建物」という。)の所有権を相続又は遺贈により取得した者(以下この節において「居住建物取得者」という。)に対し、居住建物について無償で使用する権利(居住建物の一部のみを無償で使用していた場合にあっては、その部分について無償で使用する権利。以下この節において「配偶者短期居住権」という。)を有する。ただし、配偶者が、相続開始の時において居住建物に係る配偶者居住権を取得したとき、又は第891条の規定に該当し若しくは廃除によってその相続権を失ったときは、この限りでない。

① 居住建物について配偶者を含む共同相続人間で遺産の分割をすべき場合 

  遺産の分割により居住建物の帰属が確定した日又は相続開始の時から6箇月を経過する日のいずれか遅い日

② 前号に掲げる場合以外の場合 

  第3項の申入れの日から6箇月を経過する日

2. 前項本文の場合においては、居住建物取得者は、第三者に対する居住建物の譲渡その他の方法により配偶者の居住建物の使用を妨げてはならない。

3. 居住建物取得者は、第1項第1号に掲げる場合を除くほか、いつでも配偶者短期居住権の消滅の申入れをすることができる。 


ポイント ご自分で書かれた遺言書の点検をご希望の方

遺言書添削

 

ポイント 遺言書の作成サポートをご希望の方

自筆証書遺言作成サポート(法務局保管制度利用を含みます)

公正証書遺言作成サポート

秘密証書遺言作成サポート