□ 遺言執行は共同相続人が行うのが原則ですが、相続人間に意見の不一致があったり、協力しない相続人がいる場合は、遺言執行が困難になります。そこで民法は遺言による遺言執行者の指定の制度を設けています。
□ 遺言執行者の指定は、付言事項ではなく、遺言の本文でしましょう。「付言事項」で遺言執行者の指定を行っても法的効力はありません。相続人同士の協議における判断材料にとどまります。
遺言で遺言執行者を指定しなければならないにもかかわらず指定していなかったときは、家庭裁判所で遺言執行者を選任してもらいます。
遺言執行者は、遺言者の死亡後、就任を拒否することができます。したがって、遺言で遺言執行者を指定する場合は、予め本人の承諾を得ることをおすすめします。
行政書士は街の身近な法律家
埼玉県行政書士会所属
行政書士渡辺事務所
行政書士・渡邉文雄
関連情報
➤遺言執行者の指定
1. 遺言執行者を指定した方がよいケースは
➀ 法定相続分を超える相続分の指定をするとき
② 遺言で不動産や預貯金、有価証券・投資信託を相続させる場合
③ 遺言で複数の相続人に対し割合を定めて相続させる場合
④ 遺産分割をするために財産の換価処分が必要な場合
⑤ 相続人以外の第三者に不動産の遺贈をするとき
⑥ 相続人以外に農地を「特定遺贈」するとき
⑦ 内縁の妻へ遺贈をするとき
⑧ 相続人や受遺者が多数の場合
⑨ 遺言で生命保険受取人の変更をするとき
⑩ 遺言により一般財団法人を設立する場合
⑪ 遺言信託をするとき
⑫ 相続人に認知症になる恐れの人がいるとき
⑬ 相続人間の利害が対立する遺言をするとき
⑭ 相続財産に農地があるとき(相続人以外に特定遺贈)
2. その理由
(1) 法定相続分を超える相続分の指定をするとき
遺言執行者を指定しなければ、共同相続人が遺言執行しなければなりません。
(2) 特定財産承継遺言をするとき
① 遺言で不動産や預貯金、有価証券・投資信託を相続させる
不動産や預貯金、有価証券・投資信託を複数の人が相続した場合、相続登記や預貯金の引き出しなどを常にその相続人全員の名義でしなければならなくなります。遺言で相続人のうちの誰か一人を遺言執行者に指定しておくと便利です。
② 遺言で複数の相続人に対し割合を定めて相続させる
複数の相続人に対し割合を定めて相続させる遺言の場合、相続に伴う預金の払い戻しを請求をする際、遺言書のほかに遺産分割協議書の提出を求められる場合があります。遺言執行者を指定しておけば、遺産分割協議書は必要ありません。
③ 遺産分割をするために財産の換価処分が必要な場合
遺言で「換価分割の指示」を行うことによって、相続手続きの軽減や不動産の売却手続きの手間や費用を軽減することが期待できます。
(3) 遺贈をする
① 相続人以外の第三者に不動産の遺贈をする
不動産の「遺贈」の登記は受遺者単独ではできません。 相続人全員と共同でするか、遺言執行者が行う必要があります。
また、所有権移転登記の申請には遺言書が必要であり、法務省保管でない自筆証書遺言の場合は検認済証明書または検認調書が必要です。検認の申し立てには相続人全員の戸籍謄本が必要です。
遺言で相続人以外に不動産の遺贈しようとするときは、相続人の協力がなくても登記できるよう、受遺者又は第三者を遺言執行者に指定しておくことをおすすめします。遺言執行者は不動産の名義変更を基本的にはひとりで行うことができます。
② 相続人以外に農地を「特定遺贈」する
農地の「特定遺贈」が相続人以外になされたときは、農業委員会の許可を停止条件とする停止条件付遺贈となります。相続人以外になされた農地の「特定遺贈」による農地の登記には、許可指令書(農業委員会の許可書)の添付が必要です。
農地法3条の許可申請は、受遺者と相続人全員とで共同申請する必要があります(または受遺者と遺言執行者とで申請することができる)。相続開始時に相続人の協力が得られないことが予想されるときは、あらかじめ遺言執行者を指定しておくことをおすすめします。
③ 内縁の妻へ遺贈をする
遺言で内縁の妻へ遺贈をするときは、第三者を遺言執行者に指定しておくことをおすすめします。
(4) 相続人や受遺者が多数
相続人や受遺者が多数の場合は、相続手続きをスムーズに進めるため、遺言で遺言執行者を指定しておくことをおすすめします。
(5) 遺言で生命保険受取人の変更をする
遺言で生命保険受取人の変更をするときは第三者を遺言執行者に指定しておいた方がよい。
(6) 遺言により一般財団法人を設立する
遺言により一般財団法人を設立する場合、遺言の効力発生後、遺言執行者が定款を作成して公証人の認証を受けたり、財産の拠出の履行を行わなければなりません。
遺言執行者による執行が不可欠です。
遺言執行者が必要なケースで、遺言で遺言執行者をしていしていない場合は、利害関係人の請求により家庭裁判所が選任します。
(7) 遺言信託をする
(8) 相続人に認知症になる恐れの人がいる
認知症と診断されると、相続に伴う預金の払い戻しを請求しても、原則として、「後見人」がいないと金融機関は応じてくれません。家庭裁判所に後見人の選任の申し立てを行う必要があります。しかし、遺言執行者を指定しておけば、その心配はありません。
(9) 相続人間の利害が対立する遺言をする
相続人間の利害が対立する遺言を相続人に執行させると、感情の対立が生じ、遺言の内容の実現がスムースにいかない恐れがあります。遺言で第三者を遺言執行者に指定することをおすすめします。
3. 遺言執行者を必ず指定しなければならないケース(遺言執行者がいないと遺言の執行ができない)
(1) 遺言で認知をする場合
遺言執行者が認知届を提出するので、遺言執行者を必ず指定します。
遺言執行者をきちんと決めておけば、遺言による認知は確実に実行されます。
民法781条(認知の方式)
1.認知は、戸籍法 の定めるところにより届け出ることによってする。
2.認知は、遺言によっても、することができる。
(2) 遺言で相続人の廃除をする場合
遺言による相続人廃除の申し立ては、遺言者が死亡したときに遺言執行者が家庭裁判所に行います。
遺言執行者は、審判確定後、「推定相続人廃除届」に審判書謄本と確定証明書を添付して住所地又は本籍地の役場に提出します。
民法893条(遺言による推定相続人の廃除)
被相続人が遺言で推定相続人を廃除する意思を表示したときは、遺言執行者は、その遺言が効力を生じた後、遅滞なく、その推定相続人の廃除を家庭裁判所に請求しなければならない。この場合において、その推定相続人の廃除は、被相続人の死亡の時にさかのぼってその効力を生ずる。
(3) 遺言で相続人の廃除の取消をする場合
遺言による相続人廃除の取消の申し立ては、遺言者が死亡したときに遺言執行者が家庭裁判所に行います。
遺言執行者は、審判確定後、「推定相続人廃除の取消届」に審判書謄本と確定証明書を添付して住所地又は本籍地の役場に提出します。
民法894条(推定相続人の廃除の取消し)
1.被相続人は、いつでも、推定相続人の廃除の取消しを家庭裁判所に請求することができる。
2.前条の規定は、推定相続人の廃除の取消しについて準用する。
民法1010条(遺言執行者の選任)
遺言執行者がないとき、又はなくなったときは、家庭裁判所は、利害関係人の請求によって、これを選任することができる。
(参考)
①生前廃除・遺言で取消
家庭裁判所に申し立て、相続人の廃除をしたが、事情が変わった場合等、遺言で廃除を取消し、相続人に戻すことができます(生前廃除取消の遺言)。
②遺言で廃除・遺言で取消
遺言で相続人の廃除をしたが事情が変わったときは、新たな遺言で相続人に戻すことができます。 理由は一切問われません。
事情が変わった事等により、新たな遺言で廃除を取り消すことは、相続人の廃除の取り消しではなく、遺言の撤回です。
4. 遺言執行者に専門家以外を指定するときの留意点
① 遺言で遺言執行者を指定する場合で、専門家以外を指定するときは、遺言執行者の権限について具体的に記載しておくと銀行関係等の手続きがスムーズに進むことが期待できます。その場合、職務権限を限定し明示することをおすすめします。
② 遺言執行者が遺言者と年齢が近いなど、遺言執行できなくなることが想定される場合は、「遺言執行の第三者への委任事項」を記載しておくと安心です。
③ 遺言執行者に専門家等第三者を指定する場合は、氏名、生年月日、住所、職業を記載するのが一般的です(職業は、相続事務の便宜上記載することが多い。専門家以外は「会社員」等)。
5. 遺言執行者の指定は付言事項ではなく、遺言の本文で
「付言事項」で遺言執行者の指定を行っても法的効力はありません。相続人同士の協議における判断材料にとどまります。
民法1006条(遺言執行者の指定)
1.遺言者は、遺言で、一人又は数人の遺言執行者を指定し、又はその指定を第三者に委託することができる。
2.遺言執行者の指定の委託を受けた者は、遅滞なく、その指定をして、これを相続人に通知しなければならない。
3.遺言執行者の指定の委託を受けた者がその委託を辞そうとするときは、遅滞なくその旨を相続人に通知しなければならない。
民法1011条(相続財産の目録の作成)
1.遺言執行者は、遅滞なく、相続財産の目録を作成して、相続人に交付しなければならない。
2.遺言執行者は、相続人の請求があるときは、その立会いをもって相続財産の目録を作成し、又は公証人にこれを作成させなければならない。
民法1012条(遺言執行者の権利義務)
1.遺言執行者は、遺言の内容を実現するため、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有する。
2.遺言執行者がある場合には、遺贈の履行は、遺言執行者のみが行うことができる。
3.第六百四十四条から第六百四十七条まで及び第六百五十条の規定は、遺言執行者について準用する。
民法1013条(遺言の執行の妨害行為の禁止)
1.遺言執行者がある場合には、相続人は、相続財産の処分その他遺言の執行を妨げるべき行為をすることができない。
2.前項の規定に違反してした行為は、無効とする。ただし、これをもって善意の第三者に対抗することができない。
3.前二項の規定は、相続人の債権者(相続債権者を含む。)が相続財産についてその権利を行使することを妨げない。
民法1014条(特定財産に関する遺言の執行)
1.前三条の規定は、遺言が相続財産のうち特定の財産に関する場合には、その財産についてのみ適用する。
2.遺産の分割の方法の指定として遺産に属する特定の財産を共同相続人の一人又は数人に承継させる旨の遺言(以下「特定財産承継遺言」という。)があったときは、遺言執行者は、当該共同相続人が第八百九十九条の二第一項に規定する対抗要件を備えるために必要な行為をすることができる。
3.前項の財産が預貯金債権である場合には、遺言執行者は、同項に規定する行為のほか、その預金又は貯金の払戻しの請求及びその預金又は貯金に係る契約の解約の申入れをすることができる。ただし、解約の申入れについては、その預貯金債権の全部が特定財産承継遺言の目的である場合に限る。
4.前二項の規定にかかわらず、被相続人が遺言で別段の意思を表示したときは、その意思に従う。
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