□ 相続するのはプラスの財産だけではありません。故人の借金、連帯保証人・・etc。すべて相続の対象です。相続したくない場合は、家庭裁判所に相続放棄の申し立てをすることができます。
□ 相続放棄の申し出ができるのは、原則として被相続人の死亡を知った日の翌日から計算して3ヵ月(熟慮期間)以内です(相続開始前にはできません)。 相続放棄をするとプラスの財産も相続できなくなります。(3か月を過ぎてから負債があることが分かった場合はその負債の存在を知ったときから3か月以内、死亡の時から10年以内です)
□ 相続放棄をする前に預貯金の払い戻しをすると相続放棄や限定承認はできなくなります。(たとえ、負債の存在を知らなかったとしてもです)。
□ 相続放棄をした者は初めから相続人ではなかったとみなされ、他の相続人に相続の権利が移ります。もし相続放棄したら次順位の相続人に必ず伝えましょう。
□ 全員が相続放棄したときは、家庭裁判所に「相続財産管理人」選任の申し立てをしないと、相続放棄した不動産等の管理義務から逃れることができません。
□ 子どものいない夫婦の妻の場合、せっかく義父母に夫の相続を「相続放棄」してもらっても、夫(被相続人)に きょうだい がいれば、そのきょうだい が相続人に繰り上がります。義父母に遺産分割協議で放棄してもらうことが必要です 。
行政書士は街の身近な法律家
埼玉県行政書士会所属
行政書士渡辺事務所
行政書士・渡邉文雄
1. 相続放棄とは
「相続放棄」とは、借金等の債務も含めて、一切相続しないという意思表示をすることです。
相続放棄の申し出は、原則として、相続開始後3ヵ月以内にしなければなりません。(相続放棄は、相続開始前にはできません)
相続放棄すると、はじめから相続人ではなかったとみなされます。
「遺留分の放棄」は、たとえ遺言によって遺留分を侵害されても、遺留分の侵害額請求をする権利を放棄する、という意味です。なお、遺留分の放棄をしても、遺産分割は、相続人として法定相続分を取得します。
「遺留分の放棄」について詳しくは、》遺留分の放棄 をご覧ください。
2. 特定の財産だけを相続したい場合
特定の財産だけを相続したい場合は、限定承認により特定の財産だけを残すことができる場合があります。ちなみに、限定承認とは、相続したプラスの財産の範囲でのみ被相続人の借金等の負債を支払うが、自分の財布からは払わないという方法です。
なお、相続順位が第一順位の相続人が相続財産の一部のみを取得したい場合は、遺産分割終了後に、いらない相続財産を相続順位第二順位以下の相続人等に無償譲渡することで実現できます。
3. 相続放棄の申し出期限
相続放棄の申し出ができるのは、原則として被相続人の死亡を知った日の翌日から計算して3ヵ月(熟慮期間)以内です。この期間内に、家庭裁判所に「相続放棄申述書」を提出しなければなりません。申し立てをしないと単純承認したものとみなされます。
(1)繰り上がりの場合の熟慮期間の起算点
先順位の相続人が相続放棄したことによって繰り上がりで相続人になった場合、熟慮期間(3か月)の起算点は、先順位の相続放棄を知ったときとなります。したがって、「先順位の相続放棄を知ったとき」から3か月以内であれば、相続放棄申述書を提出することができます。(手続きは通常の相続放棄と同じ)
(2)債務超過の場合の熟慮期間の起算点
債務超過の場合、熟慮期間(3か月)の起算点は、その負債の存在を知ったとき、と解されています。したがって、「その負債の事実を知ったとき」から3か月以内であれば、相続放棄申述書を提出することができます。(手続きは通常の相続放棄と同じ)
相続財産も相続債務もまったくないと信じ、そう信じてもやむを得ないと思われる事情のあるときは、例外的に、債務の存在を知ったときから熟慮期間を起算すべきとする判例があります。(最高裁1984.4.27)
(3)3か月では相続財産の調査ができない場合
3か月では相続財産の調査ができない場合は、家庭裁判所に申し立て、熟慮期間を延長してもらうことができます。
(4)相続人が財産の全部または一部を処分もしくは隠したり使ったりした場合の熟慮期間の起算点
相続人が財産の全部または一部を処分もしくは隠したり使ったりした場合は、3か月たっていなくても単純承認したとみなされ、相続放棄はできなくなります。
遺産分割、売却、預金の使用、債権の取り立ては財産の処分に該当します。ただし、葬儀費用の支払いや、形見分け程度のものは財産の処分にあたらないとする判例があります。
4. 相続放棄の手続き
相続開始後、相続開始を知ったときから3か月以内に、被相続人の死亡時の住所地を管轄する家庭裁判所に「相続放棄申述書」を提出します。
相続放棄申述書は、相続を放棄する人が作成します。
相続放棄申述書には、相続人の戸籍謄本、被相続人の除籍謄本(戸籍謄本)、住民票の除票を添付します。収入印紙と切手が必要です。用紙は家庭裁判所にあります。
なお、相続放棄の手続きは、相続開始前にはできません。(遺留分の放棄は相続開始前にできる)
相続を放棄するという契約書や念書は作っても無効です。
5. 相続放棄の効果
相続放棄をした者は、初めから相続人ではなかったとみなされ、他の相続人に相続の権利が移ります。相続放棄したら次順位の相続人に必ず伝えましょう。
(1)包括受遺者が遺贈を放棄した場合
包括受遺者が遺贈を放棄した場合、その遺贈分は相続人に帰属します。なお、他に、包括受遺者がいてもそこには帰属しません。
(2)相続放棄と代襲相続の関係
相続放棄は代襲原因ではないため、本来の相続人が「相続放棄」したら、その子や孫は「代襲相続」はできなくなります。
なお、「相続人廃除」や「相続欠格」によって本来の相続人が相続人でなくなった場合は、その子や孫は代襲相続できます。
民法887条(子及びその代襲者等の相続権)
1.被相続人の子は、相続人となる。
2.被相続人の子が、相続の開始以前に死亡したとき、又は第891条の規定に該当し、若しくは廃除によって、その相続権を失ったときは、その者の子がこれを代襲して相続人となる。ただし、被相続人の直系卑属でない者は、この限りでない。
3.前項の規定は、代襲者が、相続の開始以前に死亡し、又は第891条の規定に該当し、若しくは廃除によって、その代襲相続権を失った場合について準用する。
※ 民法891条(相続人の欠格事由)
(3)相続放棄と被相続人の「死亡退職金」との関係
被相続人の死亡退職金は、会社の就業規則等で受取人の指定がある場合はその受取人の固有財産であり、相続放棄しても受給できます。
ただし、会社の就業規則等に受取人の指定に関する規定がない場合は相続財産となります。この場合、死亡退職金を受け取ると単純承認とみなされ相続放棄はできなくなります。
* 死亡退職金とは、公務員や会社員が在職中に死亡したときに支給される退職金です。死亡退職金は、会社の就業規則等で受取人の指定がある場合はその受取人の固有財産になり、相続財産にはなりません。
(4)相続放棄と被相続人の「遺族年金」との関係
遺族年金は、基本的には受給権を持つ者の固有の財産とみなされ、相続財産にはあたりません。遺族年金は相続放棄しても受給できます。
(5)相続放棄と「生命保険金」との関係
生命保険金は、被相続人が自分を被保険者とし、受取人を相続人(または相続人の一人)として契約した場合は、基本的には、指定された受取人の固有財産とみなされ、指定された受取人が相続放棄しても受給できます。
ただし、被相続人が保険金受取人でありかつ被保険者である場合には、生命保険金は相続財産となり、相続放棄したときは受給できません。この場合、生命保険金を受け取ると単純承認とみなされ相続放棄はできなくなります。
(6)相続放棄と「詐害行為取消権」
相続放棄に対しては詐害行為取消権は及びません。債権者を害する目的で相続人(債務者)が相続放棄したとしても、債権者はその相続放棄を取り消すことはできません。
6. 相続放棄の撤回と取消
いったん相続放棄すると、熟慮期間内でも取り消すことはできません。
しかし、民法第一篇総則又は、民法前編親族の規定によって取消せる場合は、取消したうえ、改めて、これをやり直すことができます。
なお、この取消しは、民法124条の追認の要件が備わった時から6か月間行わないか、承認や相続放棄をした時から10年経つと時効によりできなくなります。
〈民法第一篇総則又は、民法前編親族の規定によって相続放棄を取消せる場合〉
① 未成年者が法定代理人の同意を得ないでしたとき
② 成年被後見人が単独でしたとき
③ 被保佐人が保佐人の同意を得ないでしたとき
④ 被補助人が補助人の補助を得ないでしたとき
⑤ 詐欺又は強迫によってされたとき
⑥ 後見人が、後見監督人がいるにもかかわらずその同意を得ないで被後見人を代理したとき
7. 「相続財産管理人」選任の申し立て
相続放棄しても、相続財産の引き継ぎ手があらわれるまでは、不動産等の管理義務は残ります。
相続人全員が相続放棄した場合は、家庭裁判所に「相続財産管理人」選任の申し立てを行う必要があります。(そうしないと、相続放棄した不動産等の管理義務を免れることができません。)
(参考) 相続財産管理人の職務
□ 官報で除斥公告(相続債権者への申出公告)
裁判所から受理の通知を受けてから5日以内(相続財産管理人がいる場合は10日以内)に、「各債権者に、2カ月以上の期間を定め、債権を申し出るよう」公告し、債権者を特定します。
□ 相続財産の換価
2か月以内に、相続財産を競売若しくは任意売却により換金し、その範囲で、相続債権者に優先順位、債権割合に応じて配当します。
8. 相続放棄か限定承認か、選択のポイント
事業に失敗したときや勤務先をリストラされたときなどは、遺産より負債の方が多いことも想定されます。遺産よりも債務の方が多かったり、被相続人が連帯保証人になっているときは、債務を相続しないため、相続放棄あるいは限定承認を検討する必要があります。
① 遺産よりも債務の方が多いことが明白なときは相続放棄を選択します。(被相続人が連帯保証人になっている債務も含めて判断します)
ただし、相続財産のなかにどうしても欲しい財産があるときは、限定承認を選択し優先的に買い取ることができます。
② 「はっきりとは分からないが遺産よりも債務の方が多そうだ」といった場合、あるいは「はっきりとは分からないが被相続人が連帯保証人になっているようだ」といった場合は、リスクを避けたいときは「限定承認」を選択します。
③ 遺産が使う予定のない不動産であり、維持管理費、固定資産税及び解体費用の合計が不動産価値を上回るときは相続放棄を検討する必要があります。
④ 被相続人が中小企業を経営し、会社の借り入れについて個人として連帯保証人になってる場合は、金融機関に保証人の切り替えを申請しても認められないケースが多いと言われています。個人保証の義務から逃れるためには「相続放棄」するしか方法はありません。
⑤ 相続放棄したことによって、第2順位、第3順位の相続人が相続人に繰り上がる場合があります。この場合、親族を巻き込みたくないときは限定承認を選択します。
⑥ 遺産を全部もらった相続人が債務を返済しないと、他の遺産をもらわない相続人が債務の弁済だけを求められることになります。遺産をもらわない相続人が債務の弁済を免れるには「相続放棄」が必要です。