人が亡くなったときは、親戚や友人・知人への連絡、市区町村役場等への届け出、医療費や介護施設等の利用料の清算、葬儀の手配、火葬・納骨・法要の施行、お墓の手配、電気・ガス・水道や電話の名義変更、遺品の整理、ペットの世話等多くの事務を処理しなければなりません。同居の家族がいれば、その家族がこれらの事務処理を行いますが、お一人で生活されている場合はどうなるのでしょうか?
一般に、身寄りのない人が亡くなると、自治体などが葬儀や埋葬はやってくれます(直葬で埋葬も無縁仏として合祀するだけです。)が、その他の事務はやってくれません。
「死後事務委任契約」は、死後に行ってほしいこれらの事務を、友人や知人など信頼できる第三者(法人を含む)に生前に依頼しておく契約です。なお、弁護士などの専門家に頼む場合の相場は50~100万円と言われています。
ただし、未払い債務の支払いを超える財産処分を死後事務委任契約で行うことは不適切です。財産処分は遺言で行う必要があります。遺言と死後委任事務契約か重なる領域がありますので、 両者は矛盾しないよう注意が必要です。
なお、身寄りのない人が、自分が亡くなった後の葬儀や埋葬を頼んでおく方法としては、生前に葬儀社と契約するという方法もあります。
1. 本人死亡後の事務にはどのようなものがあるか
① 役所への届け出
戸籍法86条
1 死亡の届出は、届出義務者が、死亡の事実を知つた日から七日以内(国外で死亡があつたときは、その事実を知つた日から三箇月以内)に、これをしなければならない。
2 届書には、次の事項を記載し、診断書又は検案書を添付しなければならない。
一 死亡の年月日時分及び場所
二 その他法務省令で定める事項
3 やむを得ない事由によつて診断書又は検案書を得ることができないときは、死亡の事実を証すべき書面を以てこれに代えることができる。この場合には、届書に診断書又は検案書を得ることができない事由を記載しなければならない。
戸籍法87条
1 次の者は、その順序に従つて、死亡の届出をしなければならない。ただし、順序にかかわらず届出をすることができる。
第一 同居の親族
第二 その他の同居者
第三 家主、地主又は家屋若しくは土地の管理人
2 死亡の届出は、同居の親族以外の親族、後見人、保佐人、補助人、任意後見人及び任意後見受任者も、これをすることができる。
② 私法契約の解除、家賃・地代の支払い等
不動産賃貸借契約、電気・ガス・水道等の供給契約の解除と賃借建
物の明け渡し。これに伴う家賃・地代、費用の支払い。
③ 債務の支払い等
医療費や介護施設等の利用料の清算、入所一時金の返還金の受領。
ただし、未払い債務の支払いを超える財産処分を死後事務委任契約で
行うことは不適切です(財産処分は遺言で行う)。
④ 葬送に関する事務
遺体の引き取り、葬儀、火葬、葬儀の手配、納骨、法要の施行や諸手続き、墓石建立、納骨等とこれに伴う費用の支払い
⑤ 遺品整理、不要な生活用品の処分
⑥ 受任者は本人死亡後速やかに、委任者の実印や重要書類をその相続人から引き渡しを受けなければなりません。
2. 死後事務委任契約とは
「死後事務委任契約」は、上記1. のような、本人死亡後の事務を、友人や知人など信頼できる人(法人を含む)に依頼しておく契約です。
3. 死後事務委任契約が必要な人
上記1.の本人死亡後の事務は、本来は家族が行うべき事務で、その費用も相続人が負担するものです。
しかし、①子ども等相続人がいない、②相続人はいるが、葬式、法要など死後事務をやってくれそうな身寄りがいない、③遠い親戚に迷惑をかけられない、④自分の生き方として死後の後始末は自分で準備しておきたい、こうした理由で、生前準備として死後事務委任契約をされる方が増えていると言われています。
4. 死後事務を頼んだ相手(受任者)が亡くなったらどうなるの
委任契約は受任者の死亡により終了します。また、受任者の相続人に委任契約上の義務が承継されることはありません。ただし、民法653条は任意規定と解されており、委任契約に特約を設けることにより、民法に定める委任の終了事由に該当しても、委任契約上の義務を継続させることは可能です。
その場合に死後事務委任契約に定めるべき特約条項は、「委任者が受任者に対し復代理人を選任することを承諾する」旨の定めとなります。
5. 死後事務委任契約作成の注意点
(1) 受任者の報酬
受任者の報酬については、特約がなければ報酬を請求することはできません。
報酬の支払を「遺産から受ける」場合は、別途、遺言に受任者への報酬の支払いを定める必要があります。
民法648条(受任者の報酬)
1 受任者は、特約がなければ、委任者に対して報酬を請求することができない。
2 受任者は、報酬を受けるべき場合には、委任事務を履行した後でなければ、これを請求することができない。ただし、期間によって報酬を定めたときは、第624条第2項の規定を準用する。
3 委任が受任者の責めに帰することができない事由によって履行の中途で終了したときは、受任者は、既にした履行の割合に応じて報酬を請求することができる。
民法624条(報酬の支払時期)
1 労働者は、その約した労働を終わった後でなければ、報酬を請求することができない。
2 期間によって定めた報酬は、その期間を経過した後に、請求することができる。
(2) 死後事務を処理するために必要な費用
死後事務を処理するために必要な費用は相続人に対し請求することができます。相続人が支払いに応じない場合に備え、受任者が預かり保管している遺産から清算することを可能にする条項をもうけることができます。
死後事務を処理するために必要な費用を遺産から清算する場合は、別途遺言に、受任者への死後事務を処理するために必要な費用の支払いを定める必要があります。
また、予め委任者に死後事務を処理するために必要な費用の概算額を預託しておく方法もあります。その場合は契約に預託金に関する定めをおきます。
民法第650条(受任者による費用等の償還請求等)
1 受任者は、委任事務を処理するのに必要と認められる費用を支出したときは、委任者に対し、その費用及び支出の日以後におけるその利息の償還を請求することができる。
2 受任者は、委任事務を処理するのに必要と認められる債務を負担したときは、委任者に対し、自己に代わってその弁済をすることを請求することができる。この場合において、その債務が弁済期にないときは、委任者に対し、相当の担保を供させることができる。
3 受任者は、委任事務を処理するため自己に過失なく損害を受けたときは、委任者に対し、その賠償を請求することができる。
(3) 委任者の相続人が死後事務委任契約を解除する恐れがあるときは、委任者の相続人の解除権を制限しておく
死後事務を委任した者が死亡したときは委任者の地位は相続人に承継されます。ところで、民法651条で委任は各当事者がいつでもその解除をすることができるとしてることから、委任者の相続人がいつでも死後事務委任契約を解除できると解釈し遺族とトラブルになるおそれがあります。
この問題を解決するためには死後事務を委任した者の相続人の解除権を制限する特約(死後事務委任契約を解除することができない旨の条項)を定めておく必要があります。相続人はその契約上の地位を承継するので当該契約に定めた条項にも拘束され、解除できません。( ただし、この特約を設けても、やむを得ない事由があったときには委任者の相続人による解除が認められる場合があります)。
民法651条(委任の解除)
1 委任は、各当事者がいつでもその解除をすることができる。
2 当事者の一方が相手方に不利な時期に委任の解除をしたときは、その当事者の一方は、相手方の損害を賠償しなければならない。ただし、やむを得ない事由があったときは、この限りでない。
(4) 受任者の死亡後も義務を継続させる
委任契約は受任者の死亡により終了し、受任者の相続人に委任契約上の義務が承継されることはありません。したがって、受任者の死亡後も委任契約上の義務を継続させるためには、特約条項として「委任者が受任者に対し復代理人を選任することを承諾する」旨の定めを設ける必要があります。
(5) 葬儀、埋葬の実施方法についての指示
葬儀、埋葬の実施方法について、詳細な指示(死亡を知らせる範囲、香典取り扱い(辞退の要否、香典返しの品等)、遺影、式場、家族葬等、菩提寺、戒名・法名の要否など)をする場合は別紙にする方法が考えられます。
(6) 公正証書で作成し、遺言で遺言執行者に執行を指示する
死後事務委任契約はご自分で契約の履行を確認することはできません。契約書は公正証書にし、併せて、遺言で遺言執行者に「死後事務委任契約」の執行を指示しておきましょう。葬式、法要の施行・費用の支払いなど、契約した内容を確実に実行してもらうことが可能となります。
(7) 相続人がいる場合は契約内容について了解を得ておく
遺族とトラブルにならないよう、相続人がいる場合は契約内容について了解を得ておくことをおすすめします。
(8) 死後事務委任契約を、入所施設事業者と締結する場合の注意
解約条項の有無、施設入所中の解約の制限の有無、解約時の預託金の返金規定の有無を確認しましょう。
6. 死後事務委任契約と任意後見、遺言
(1) 死後事務委任契約と遺言
死後事務には各種の費用の支払いがあり、遺産から支払うときは遺言書も必要です。
また、遺言は民法等に定められていること以外のことを書いても「法的な拘束力」がありません。死後事務を遺言書に書いて頼んでも、履行してくれる保証がありません。確実に実行してほしい場合は、「死後事務委任契約」が必要です。
また、遺言書は開封されるまでに間があるため、あなたの遺志どおりにことが進まなかったり混乱したりする恐れがあります。
遺言と死後委任事務契約か重なる領域がありますので、 両者は矛盾しないよう注意が必要です。
(2) 任意後見契約と 死後事務委任契約
任意後見契約を結んでいても、後見人の仕事は委任者の死亡により終了するので、死後事務委任契約が必要です。
平成28年民法改正(*)により、任意後見契約を結んでいれば、緊急を要する事項については、任意後見契約に記載がなくても応急措置として受任者が処理できるとことになりました。しかし、その範囲は限定されていますので、死後事務委任契約の必要性に変わりはありません。
* 改正法により成年後見人が行うことができるとされた死後事務
(1) 相続財産の保存に必要な行為(具体例)
・ 相続財産に属する債権について時効の完成が間近に迫っている場合に行う時効の中断(債務者に対する請求。民法第147条第1号)
・ 相続財産に属する建物に雨漏りがある場合にこれを修繕する行為
(2) 弁済期が到来した債務の弁済(具体例)
・ 成年被後見人の医療費,入院費及び公共料金等の支払
(3) その死体の火葬又は埋葬に関する契約の締結その他相続財産全体の保存に必要な行為((1)(2)に当たる行為を除く。)(具体例)
・ 遺体の火葬に関する契約の締結
・ 成年後見人が管理していた成年被後見人所有に係る動産の寄託契約の締結(トランクルームの利用契約など)
・ 成年被後見人の居室に関する電気・ガス・水道等供給契約の解約
・ 債務を弁済するための預貯金(成年被後見人名義口座)の払戻し
※ 成年後見人が上記の死後事務を行うためには、下記の各要件を満たしている必要があります。
(1)成年後見人が当該事務を行う必要があること
(2)成年被後見人の相続人が相続財産を管理することができる状態に至っていないこと
(3)成年後見人が当該事務を行うことにつき,成年被後見人の相続人の意思に反することが明らかな場合でないこと
また,上記(3)の死後事務を行う場合には、上記の要件に加えて家庭裁判所の許可も必要となります。
7. 死後事務委任契約の結び方
手順 1 死後事務委任契約書を作成するにあたっては、まず、自分が亡くなったあとお願いしたいこと、頼む相手(受任者)への報酬について決めましょう。
手順 2 つぎに、亡くなったあとお願いする相手(受任者)をを決め、その方の了解をもらってから契約を結びます。
任意後見契約を結ぶ場合は、死後事務委任条項も合わせて記載することになります。
※ 契約書には、遺族とトラブルにならないよう、「委任者の死亡により契約を終了させない」旨明記します。
※ 契約を結ぶにあったっては、死後事務の処理について遺族とトラブルにならないよう、相続人がいる場合は契約内容について了解を得ておくことをおすすめします。
手順 3 亡くなると死後事務委任契約が発効します
成年後見制度の法改正が平成28年4月6日に成立し、同月13日に公布され、同年10月13日から施行されました。
改正法では,成年後見人は,成年被後見人の死亡後にも,個々の相続財産の保存に必要な行為,弁済期が到来した債務の弁済,火葬又は埋葬に関する契約の締結等といった一定の範囲の事務を行うことができることとされ,その要件が明確にされました。
改正法により成年後見人が行うことができるとされた死後事務は,以下の3種類です。
(1) 個々の相続財産の保存に必要な行為
(具体例)
・ 相続財産に属する債権について時効の完成が間近に迫っている場合に行う時効の中断(債務者に対する請求。民法第147条第1号)
・ 相続財産に属する建物に雨漏りがある場合にこれを修繕する行為
(2) 弁済期が到来した債務の弁済
(具体例)
・ 成年被後見人の医療費,入院費及び公共料金等の支払
(3) その死体の火葬又は埋葬に関する契約の締結その他相続財産全体の保存に必要な行為((1)(2)に当たる行為を除く。) (具体例)
・ 遺体の火葬に関する契約の締結
・ 成年後見人が管理していた成年被後見人所有に係る動産の寄託契約の締結(トランクルームの利用契約など)
・ 成年被後見人の居室に関する電気・ガス・水道等供給契約の解約
・ 債務を弁済するための預貯金(成年被後見人名義口座)の払戻し
成年後見人が上記(1)~(3)の死後事務を行うためには,以下の各要件を満たしている必要があります。
(1)成年後見人が当該事務を行う必要があること
(2)成年被後見人の相続人が相続財産を管理することができる状態に至っていないこと
(3)成年後見人が当該事務を行うことにつき,成年被後見人の相続人の意思に反することが明らかな場合でないこと
また,上記(3)の死後事務(民法第873条の2第3号)を行う場合には,上記の要件に加えて,(4)家庭裁判所の許可
も必要となります。 (出典:法務省ホームページ)