「将来、私が病気などによって死期が迫ったときは「単に死期を延ばすためだけの治療は行わないでほしい」という希望を書いた公正証書や尊厳死宣言(私署証書)を作成することができます。
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埼玉県行政書士会所属
行政書士渡辺事務所
行政書士・渡邉文雄
1. 尊厳死宣言
(1) 尊厳死宣言とは
人生100歳時代を迎え、終末期の医療の在り方、延命措置の是非が社会的議論となっています。
尊厳死宣言とは、回復の見込みのない末期状態になったときは、単に死期を延ばすためだけの生命維持治療を断る、すなわち、単なる延命治療は断るという意思を、生前に文書にしたものです。
意識がなく、体中に管を通され生かされている姿を想像すると、いたずらに死期を延ばすためだけの延命治療は、家族にとってもつらく、疑問が湧きます。自分のことなのに意思表示できなくなる事態に備え、尊厳死宣言をしておくことは、自分も家族も幸せにすることにつながると思います。
(2) 尊厳死宣言を公正証書で作成
尊厳死宣言を公正証書で作成できます。これは、事実実験公正証書での一種で、「契約」ではなく、宣言者がそのように述べたという事実を公証人が公正証書にするものです。
(3) 尊厳死宣言の法的拘束力
尊厳死宣言は日本では法制化されていないため、法的拘束力はありません。尊厳死を認めるか否かは最終的には医師の判断によります。尊厳死宣言書を作成したからといって、必ず尊厳死が実現できるとは限りません。
(4)尊厳死が認められるためには
死期が迫っており、人工呼吸器などの延命措置を施しても、死期を延ばすことはできても医学的に治癒する見込みがない、という条件が必要です。
日本学術会議の「死と医療特別委員会」報告(平成6年5月)、日本医師会の「医事法関係検討委員会」答申(平成16年3月)などでは、延命治療を中止する要件として、2名以上の医師により、現在に医学では不治の状態であり、死期が迫っているという内容の診断書が提出されることが必要とされています。(出典:日本行政書士会連合会『 月刊日本行政(2023.5)№.606』38ページ)
(5) 延命治療の中止と医師の刑事責任・民事責任
尊厳死は、同意殺人などの犯罪に該当せず、民事上の賠償責任も生じないとされています。
※延命治療を中止した医師の責任について、違法性なしの要件が、1995.3.28東海大学病院安楽死事件で判示されています。(横浜地裁)
尊厳死宣言を公正証書で作成する場合は、公正証書の条項の中に、宣言者の希望を尊重した医師や家族を責任追及しないようにとの文言を入れます。(出典:日本行政書士会連合会『 月刊日本行政(2023.5)№.606』38ページ)
2. 安楽死と尊厳死
尊厳死は、具体的には胃瘻(いろう;口から食べられなくなったとき、胃に穴をあけ直接栄養分を入れる)や栄養剤の点滴などの延命措置を施すことなく、自然な形で死を迎えます。
一方、安楽死も回復の見込みのない末期状態の患者が対象であることは同じですが、患者の意思が不明な場合も含め、耐え難い身体的、精神的苦痛から解放し、安らかな死を迎えさせることをいいます。安楽死の具体的方法は、生命維持治療の差し控え又は中止にとどまらず、死に至らしめる処置を行うことも含む、とされています。
患者を身体的、精神的苦痛から解放するためとはいえ、故意に死に至らしめる処置を行うこと、すなはち積極的安楽死は日本では法律的に認められていません。
「セデーション」とは、QOLの低下を阻止する手段が他にない場合に、苦痛を取り除くために、死に至るまで持続的に意識レベルを下げる医療行為です。死を目的とした安楽死とは一線を画するものです。
3. 尊厳死宣言の方法
(1)リビング・ウィルとは
尊厳死の制度は、1926年にアメリカのカリフォルニア州で初めて法制化されたリビング・ウィルの制度に由来します。
リビング・ウィルとは、患者の自己決定権に基づく治療上の事前指示です。すなはち、意思表明できなくなった場合に備え、末期状態での生命維持治療の差し控え、中止を指示する文書をいいます。
一般社団法人日本尊厳死協会では、尊厳死の普及を目的として「尊厳死の宣言書」(リビング・ウィル)の書式を公開しており、尊厳死宣言の登録・保管を行っています。
(2)公証人に関与していただく尊厳死宣言書
公証人に関与していただく尊厳死宣言には、公正証書(事実実験公正証書)で作成する方法と、私署証書の認証で作る方法とがあります。
① 「公正証書(事実実験公正証書)で作成」する方法
公正証書(事実実験公正証書)で作成する方法は、公証人に文案を作成してもらう方法です。この方式で作成する宣言書は、家族の了解書と印鑑証明書の添付が必要です。
なお、標準的な条項によれば、この方式で作成する宣言書は、持続的植物状態に陥った場合の生命維持装置の取りやめを含んでいません。また、延命治療を中止するには二名以上の医師の一致した診断が必要です。
公正証書(事実実験公正証書)で作成する場合は、家族も立会人として署名することができます。これは、将来、宣言者本人が当該尊厳死宣言を医師に交付することができなくなった場合、家族が交付することができるようにするものです。
② 私署証書の認証で作る方法
私署証書の認証とは、公証人が、本人が宣言書を作成したことを公の機関として証明する制度です。
宣言書に署名や押印があるだけでは本当に本人が署名や押印したかどうか分からない、といった疑問が生じないよう、公証人が公の機関として証明するものです。
私署証書の認証で作成するには、宣言書を公証役場に持参し、証書の署名・押印について公証人の認証を受けます。
署名認証の種類には、面前認証、自認認証、代理認証があります。
※ 私署証書の認証では、公証人は宣言書の内容についてはタッチしません。
一口豆知識
厚労省から発表された「令和3年(2021)人口動態統計月報年計(概数)の概況(厚労省)」
令和3年の死亡数を死因順位別にみると、第1位は悪性新生物<腫瘍>で 38 万 1497 人(死 亡率(人口 10 万対)は 310.7)、第2位は心疾患(高血圧性を除く)で 21 万 4623 人(同 174.8)、 第3位は老衰で 15 万 2024 人(同 123.8)、第4位は脳血管疾患で 10 万 4588 人(同 85.2)とな っている。
主な死因別の死亡率の年次推移をみると、悪性新生物<腫瘍>は一貫して上昇しており、 昭和 56 年以降死因順位第1位であり、令和3年の全死亡者に占める割合は 26.5%となってい る。
心疾患(高血圧性を除く)は、昭和 60 年に脳血管疾患にかわり第2位となり、令和3年は 全死亡者に占める割合は 14.9%となっている。
老衰は、昭和 22 年をピークに低下傾向が続いたが、平成 13 年以降上昇しており、平成 30 年に脳血管疾患にかわり第3位となり、令和3年は全死亡者に占める割合は 10.6%となった。
脳血管疾患は、昭和 45 年をピークに低下傾向が続き、令和3年の全死亡者に占める割合は 7.3%となっている。
令和3年の死亡数を死因別にみると、肺炎は 7 万 3190 人で、新型コロナウイルス感染症は 1 万 6756 人となっている。